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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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彼女の警告

 久間さんには昔、恋人だった女性に助けられたことがあるそうだ。物理的にはあり得ない話だそうなのでそのお話を伺った。


「僕が昔交際していた人はコーヒーが大好きだったんですよ。私がインスタントコーヒーを買ってきても、それを絶対に使わず自分で淹れていたほどなんですよ。豆を挽くところからやっていたので面倒じゃないのかなと思っていたのですが、当人はその方が美味しいからそうすると言っていました」


 彼は今、私に喫茶店で話を聞かせてくれているが、注文したのはアイスティーだ。彼曰く、彼女が亡くなってからしばらくしてコーヒーを飲むのは彼女の命日のみと決めたそうだ。


「大学時代に付き合っていたんですが、彼女は交通事故に遭ってあっけなく亡くなってしまったんです。当時は抜け殻のような生活をしていました。何をする気も起きず大学も一年留年してからようやく就職したんです。よく面接まで進めた上に入社までできたものだとは今でも思います」


 それで、彼女に助けられというたのは、一体何があったのですか?


「ああ、その話でしたね。実は彼女が亡くなってからしばらくは毎日スマホで彼女の写真を見ながらコーヒーを飲んでいたんです。風呂とトイレくらいであとは何もしていませんでした。そしてそれが当分続いて大学を留年したんですよ。幸い卒業出来たんですがね」


 それから入った会社はあまり待遇のいいものではなかったらしいが、留年した上成績はボロボロ、大学名はなんとか名が通っていたので就職はできたそうだ。


「それからしばらくしてからですね、私は会社でのストレスもあって毎日深酒をしていました。そういう会社だったので人間ドックなんて縁が無く、体調が悪くなっていよいよ退職するまでにはボロボロになっていました」


 義務ではないが、社員を大切にするような社風ではなかったらしい。バブル時代もなかなかの激務だと聞いたことはあるが、当時は激務の代わりに給与もよかったらしい。それを考えると今はあまり歓迎出来ない事ではあるが、お金のためと我慢して、その結果限界を迎えたということだ。


「あれは限界を迎える寸前の日でしたね。よく覚えていますよ、その日は残業中に眠気が来たので給湯室でコーヒーを一杯淹れたんです。それを自分の席に持ち帰って飲んだのですが、異様なほどに不味かったんですよ。コーヒーにも味に差があって酸味があったり苦味が強かったりはしますよ。でもあれはそう言う好みで住むような味ではありませんでした。口に含んだ途端……そうですね、子供の頃にアルミホイルを噛んだ経験はありませんか? あんな感じの刺激が口いっぱいに広がって、口を押さえて給湯室で全部吐き出したんです。コーヒーの賞味期限も問題ありませんでしたし、いつもの水を湧かしたもののはずだったんです。それで体調がよほど悪いのだろうと思いその日は退社したんです」


 どうやらよほど不味かったらしく、しばらくは口の中に刺激が残ってしまったらしく、仕事どころではなかったのでさっさと帰ったそうだ。


「そしてアパートまで帰ったんですがね、座卓の上に一枚の紙が置いてあったんです。それをめくると元気だった頃の彼女が写っていました。彼女の写真は取りましたが、印刷は一枚もしたことがないのにどうしてあの写真があったのかは分かりません。ただなんとなく精神がそこで弛緩して『実家に帰ろう』と思ったんです。それからは速やかに一通りの手続きをすませました。会社も新人が辞めるのは織り込み済みなのか、あっさり辞めることができました。そしてそれからは実家から通える比較的人間関係が良好な今の会社に入れました」


 そうして今に至るまで平和に暮らすことができているそうだ。


「きっと彼女がいい加減逃げろと言いたかったのだと思っています。だから私はこれからも結婚しようとは思っていませんし、彼女の墓参りは欠かしたことがありません。写真以外はなんとか説明が付きそうなものです。ですが思うんですよ。あれは彼女のしたことだった、そう考えた方が幸せでしょう? だから彼女のためにこれからも生きていこうと思います」


 そう言って彼は話を締めた。今でも収入は減ったものの、生活はできているし人間関係は良好だということだ。

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