誰だっけ?
「今思い出しても意味が分からないんですがね、怪談を聞いてくださるということでお話ししたかったんです」
瑠璃さんは以前の不思議な体験について語ってくれた。彼女曰く『記録に残しておきたかった』そうだ。その言葉の後に『怪談なのかは分からないんですがね』と付け加えて奇妙な体験を語ってくれた。
「あれは大学生の頃でした、その日は宴会をした後で、その日少なめに飲ませて、翌日は普通に車の運転ができる人を用意していたんです。それで、合宿での飲み会の翌日にその人の運転でみんなの家まで送ってもらったんです」
最近の大学生はコンプライアンスがしっかりしている。飲酒運転は論外にしても、運転要員をしっかり確保しているのは法令に従っているようで平和でよいことだ。
「その帰り道なんですけどね、実は一緒に飲んでいた人たちを数台の車でそれぞれの住所に分かれて送ってもらったんです。私たちは四人が乗って、一人が運転手の軽自動車で送ってもらいました」
そこまでは別に不思議でもない話だろう。いいのかどうかは知らないが、心霊の様子は欠片も無い。
それで飲んで二日酔いの私含めて三人を送ってもらったんですよ。ところが一人、自宅の方向は同じなんですが、距離がなかなか遠い人がいまして、その人の家に最初に向かって進みました。彼女は初めて見る顔でしたが、私も付き合いが良い方ではないのであまり顔を出さない子なのかな? と思っていました。
それから彼女の家はトンネルの向こうにあるそうので暗い中、まだオレンジ色のランプに照らされたトンネルに入ったんです。その時は『随分遠くから通ってるんだな』と思っていました。まあ大学は高校と違ってバイクで通学しても駐輪場がありますからね、その時は普段は原付か何かで通っているんだろうと思いましたよ。
しかしそんなことも言っていられなくなりまして、トンネルが長いんですよ。いくら大学からここに住んでいるとは言え、こんなに長いトンネルがあるだなんて聞いてないんですよ。
それでもトンネルは続いたという。あまりの長さに耐えられなくなったのは運転手のBさんだ。アクセルをべた踏みして車を急加速させた。どうやら皆がこの光景を恐ろしいと思っているらしい。
体感なら……十分程度ですかね、それくらいでようやくトンネルを出たんですよ。それから彼女を自宅に送り届けて、後はみんなを送るだけになった。幸いなことに通らなければならないトンネルは、帰り道ではあっという間に終わってすぐに光が見えてきた。もちろん法定速度を守ってだそうだ。
「その後みんなを送り届けてその日は終わったのですが、翌日にサークル棟にいくと、『昨日のアレが誰だったんだ?』と大騒ぎしていましたよ。全員を集めても誰かは分からず、結局うやむやなものになってしまったんです」
そうしてその話は奇妙な話で終わるのだが、「ちょっとした続きがありまして……」と続きがあると言う。
「あの後度胸のある人全員であの女の家に行ってみようと提案されたそうです。もちろん飛びついた人が多く、心臓に毛が生えているような胆力の持ち主を集めて向かったのですが、トンネルをくぐって出たところにある家は蔦が大量に空なんで雑草が鬱蒼と茂っている『売り物件』の看板がついていたそうです」
結局彼女が誰だったのかは不明だし、その家に関する謂れはあるのかもしれないが調べる気にもならなかったそうだ。彼女はそれ以降は会社の飲み会だろうと酒は一滴も飲まず、ソフトドリンクだけを貫いているそうだ。