ストーカーと盛り塩
アイさんは今、昔の恋人の面影に悩まされていると言う。何か解決方法がないのかと相談を受けたので話を伺うことにした。
あらかじめ解決を保証はできないと断ってから話を聞いた。
「私の元彼なんですけど、まあまあクズだったんですよね。賭け事から浮気まで一通りやっていましたよ。問題はそれがバレたら必死に謝ってくるんですよ。いっそ開き直ってくれたならスッパリ切り捨てていたんでしょうが、謝られると何度かは許しちゃったんですよね」
彼女はそう言って一つため息をついた。
「その彼氏さんと別れたいという話でしょうか? 申し訳ないのですがそういった話は……」
「ああいえ、違いますよ! ソイツとはとっくに別れましたから! いくら私が甘いとは言っても限度がありますよ、いよいよ私も我慢出来なくなって別れたんです。問題はその後でして……」
別れるときにアイツは大泣きをしていましたよ。泣くくらいなら初めからやるなってのと思いながら合鍵を叩きつけて荷物を引き払いました。当然引っ越し先なんて教えてません。関係を完全に切ってソイツとは二度と関わらないつもりでしたから。
でもね、困ったことに引っ越して数日してからソイツが夢に出てくるんですよね『許してくれ』だの『二度としない』だのと言い訳をしていました。困ったことに夢の中でどんなに腹が立って頬を張ってやろうとアイツはまったく平気なんですよね。アレですかね、夢かどうか判断するのに頬をつねるじゃないですか? だからきっと夢の中で痛めつけても平気なんだと思います、ホントうざったいヤツでしたね。
それからも彼女の夢には定期的に出てくるらしい。寝覚めが悪いというわけでもなければ、健康上の影響も無いそうだが、二日に一度は出てくるのでイライラしてしまうそうだ。かといって喧嘩別れで、相手に自分の情報を与えたくはないので『出てくるな』と直接言うこともできないそうだ。
別に体調が悪いわけではないんですがね、イライラしながら朝起きるのでどうしても不機嫌になるんですよ。出勤までにお酒でも飲んでやろうかと思ってしまうんですよね。多分生き霊か呪いだと思うんですが、何かそういったものに対策とかありませんかね?
私は頭を抱えたくなった。気のせいでしょうと言ってあげるのが一番正解なのだろうが納得してもらえるとは思えない。彼女が気にするから夢の中に出てくるのだろうと思うのだが、それを言ったところで解決法があるわけでは無い。私は気休めであることを念押しして一つアドバイスをした。
「そうですね、月並みですが盛り塩などをしてはいかがでしょう。簡単にできますが強くない霊であればそれなりに効き目がありますよ」
私がそう言うと、彼女は満足げにそれを聞いて『早速試してみます』と言って席を立った。正直、心理的なものに盛り塩がどこまで効くかは怪しいが、盛り塩をしているという安心感くらいは与えられるだろうと、その時の私は軽く思っていた。
そして、翌週になってアイさんから再び連絡があった。生き霊が出てこなくなったので是非お礼をしたいという。私はオカルトの話を集めるために話を聞いただけなのでそれを断ろうとしたが、どうしてもと言うことなのでもう一度この前の喫茶店で落ち合った。
「ありがとうございます! 盛り塩ってすごいんですね! 早速効きましたよ!」
喜々としてそう言うアイさんに、盛り塩が底まで効果を発揮したのだろうかと驚いてしまった。気休めくらいの気持ちで言ったアドバイスが効果を見せたのか。
「それで、夢には出てこなくなったんですか?」
「はい! お話を聞いてから早速スーパーで塩を買って部屋に盛ったんです。そうすると夢の中に出てくるアイツが、ナメクジみたいに塩を浴びて溶けてきていたんです。言葉も出せないようになっていましたね。すごい効き目だなと思いまして、翌日にはホームセンターで工業用の塩を大量に買ってきて、部屋の四隅にこんもりと盛ってみたんです。そうしたら夢の中にその日だけあの男らしきものが出てきたんですが、もうすっかり溶けて汚い水たまりみたいになっていました! それ以降はすっかり消えましたよ!」
そんなことがあるのだろうか? しかし嘘を言っている様子も無い。気休めにしては効きすぎでは無いだろうか?
「それで、今でも盛り塩を続けているんですか?」
そう訊ねると彼女は首を振った。
「いえ、アイツが盛り塩で溶けたって言ったじゃないですか? それでその翌日にアイツの親族から訃報が届いた んですよね。私になんとか参列してくれないかと言い出しましたが無視を決め込みました。一応図書館で新聞の訃報欄を見たのでアイツが死んだのは間違いないですよ! 本当にありがとうございます、おかげでもう二度とあの顔を見なくて済みますよ!」
彼女はとても嬉しそうにそう言った。私はまさか盛り塩で人が一人死ぬとも思えないので何か事情があったのではないかと思っておきたいと思った。そうでなければ私が彼女にその人の命を絶つ手助けをしたことになってしまう。たとえそれが霊的なものであれ、そうではないと思いたかった。
そして、心底楽しそうな話をしている様子の彼女がすこしだけ怖かった。




