昔の過ちと骨董品
山内さんは以前から骨董品の収集にいそしんでいたのだが、家族はいい顔をしなかったという。定年を迎えたのでいい機会にと収集したものを置いておく専用の倉庫を庭に建てたそうだ。
「骨董品はいいですな、歴史があるものはなんというか……語りかけてくれるんですよ、まあ家族は理解してくれませんがね」
そう言ってコーヒーを啜る。彼は今回、骨董品の収集は危ない趣味ではないと理解してもらうために私に話したかったそうだ。おかげで喫茶店の代金を私が払うといったのだが、彼は『骨董品仲間のためだから』とご自分で払うと言いだした。私の都合で怪談を集めているのでそれを語ってくださる方に支払いをお願いするのは気が引けたのだが、彼は決して譲ろうとしなかった。
「始めは掛け軸を買ったときですな、家内がそれに文句を付けまして」
当人が言うには『そんな怖いもの買わんといて』だそうです。ただの美人画ですよ? どこに恐れる要素があるのか分かりませんが、本人からすればどうにも我慢ができないらしく、私も渋々折れて箱にしまい込んだんですよ。
彼からすれば逸品が封印されたようなもので気に食わなかったのだろう、それがあってから一層骨董集めに精を出していたそうだ。
その後に文句が付いたのは壺ですよ。なかなかの名品だと思ったのですが、床の間に飾っておいたら孫が来ましてね……壺から手が出ていると言うんですよ。私にはまったく見えませんが、孫娘の言うことですからなあ、そんなことは無いよといっても聞いてもらえず、それも仕方なく箱にしまって箪笥に入れておくことになりました。
それで孫は気にした様子が無かったのですが、家内に告げ口したようで『いい加減骨董品集めはやめてくれ』と言われました。大方息子がそう言うように言ったのでしょう。私としても不満は大いにありましたが、『控えめにする』と妥協したらなんとか折れてくれたんですよ。
彼の口ぶりからそれは大いに不満な決断であったことがうかがえた。実際それ以後も普通に買っていたらしい。しかしこっそり持ち帰り箪笥に入れておき、『前からあった』と言い張ることで奥さんも強くは言えなかったようだ。そうして我慢を続けていたそうだが、ついに山内さんも定年を迎えた。
「退職金も入りましてな、家にはそこそこの広さの庭があるのですが、なかなか手入れに苦労していたんです。そこでいっそ庭が狭くなってでも倉を建てることを提案したのです」
そこに収集したものを集めて、一杯になったらそれ以上は売るまで買わないと言うと一応は納得してもらえました。実際、家の中から骨董品を全て倉に移すと言ったらむしろ賛成をされましたよ。
奥さんも骨董品があるのが我慢ならなかったのだろう。『隔離所』が出来ると聞いたせいか、喜んで庭の一角に倉を建てることに賛成したそうだ。
その倉の中に今まで集めた品を押し込みました。壮観でしたな。内装には一切口を出さなかったので、倉と言いつつもきちんと集めたものを飾れる場所になりました。そうして会社も退職しましたし、自由時間も多くなったので本腰を入れて収集をはじめました。
今まででも結構な数だったのでは無いかと思うのだが、彼にとっては本気ではなかったらしく、自動車で遠くの骨董市にまで顔を出すようになったと言う。そこからは一気に倉の中は集めた品々で埋まっていった。
しかしね、一つだけ肝を冷やしたことがありまして……
そう言って彼が唯一経験した怖い話をしていただいた。
「実は孫が来たときに、倉の方を指さして『おばあちゃんがいる』と言ったんです。無論私の妻は隣にいました。と言うことは何の関係もない老婆が倉に入っているということになりますよね? それで『どんなおばあちゃんがいるんだい?』と訊ねたところ、その……まあ……昔の過ちというやつですな、その相手の特徴をそのまま言ったんですよ。孫にそんな話は全く聞かせていませんがね、本当にどうやって知ったのか分かりませんでした」
どうやら昔の過ちが孫にバレそうになってしまったらしい。
「結局、倉の中の品は全て売り払って、それなりの現金にしてから再度集めているのですがね。以前集めていたものは買わないように気を遣いますね。それさえ気にしなければいい趣味なんですよ、本当にね。現に孫が次に来たときは私たちに愛想よく接してくれましたしね」
その後しばし、彼の骨董愛について語られたのだが、私はそれは骨董が良い悪いの話ではなく、ただ単にあなたの女癖が悪かったのでは? といいたいところをぐっと我慢したのだった。