遺産の争い
佐伯さんのおじいさんは昔、高度成長期に土地を転がして儲けていたそうだ。当時は好きなモノを買ってくれるとてもいいおじいちゃんだと思っていたそうだが、今ではその陰の部分に悩まされているという。
「おじいちゃんは私が小学生の頃、おもちゃ屋によく連れて行ってくれて好きなモノを買ってやると言ってましたよ。当時はネット通販なんて無いから玩具が欲しければおもちゃ屋に行くかデパートに行くかという時代でしたね」
当時のことを懐かしんでいるのだろう。彼女は静かにそう言ってコーヒーを一口飲む。あの時代に土地を横へ流して儲けるにはなかなか書けないようなことをしたのだろう。私もそれを深く聞こうとは思わなかった。とにかくきれい事無しで儲けていた時代があったということだ。
「当時は大好きなおじいちゃんって感じでした。信頼もしていたし、綺麗な服だって豪華なイベントだってなんとかしてくれました。多分そのために沢山のお金がかかったんでしょうね。そうなると……やはり涙を流した人も多いのでしょう」
それだけ言ってから悲しそうに彼女は話し出した。
おじいちゃんは割と長生きをしたんですよ。ただ、長年の贅沢が祟って最後は糖尿病で随分苦しい最後でしたよ。とはいえ、それがただ単に贅沢が祟っただけなのか、あるいはおじいちゃんに泣かされた人たちが祟ったのかなんて分かりませんがね。
バブル時代に儲けることは出来た、ただ自分が儲かるということはそのお金を支払った人もいるということで、やはりそういった人たちからすればたまったものではないのだろう。
とにかくおじいちゃんが死んだときには大泣きしましたね、当時でもう高校生でしたけど悲しいものは悲しかったですから。でもね、問題はそれからなんですよ。
少し考えてみてください、土地を転がして儲けていたので遺産に土地がかなり含まれたんです。固定資産税も馬鹿にならないので親戚一同現金を望みましたね。土地は要らないって感じで争いが起きたんです。あれだけ土地で儲けておいて、死んじゃったら土地が貧乏くじ扱いされるなんて悲しい話です。私は遺産をもらう立場になかったのでそれで結局は親戚がバラバラになったことくらいしか知りません。
とにかく、そうして彼女の親族は喧嘩別れのようなことになったらしい。土地含め資産は全員均等に分けるということになったらしいが、おじいさんが親族に平等に接していたわけではないのでそれはそれで揉めたそうだ。
一応それで終わったんですよ、でもね、おじいちゃんが持っていた土地でどんどん問題が起きまして……
始めは物件での事件が起きたことからだそうだ。風俗店が入っていたらしく、色恋営業の末に刃傷沙汰が起きて、結局その物件に入っていたテナントがどんどん逃げていき、空っぽのビルになったので売り払ったそうだ。一応人が死んだわけではないらしいが、それでもやはりいい気分で使える物件でもなかったので迷うことなく売ったそうだ。
田舎の方の土地を相続した人はただでさえバブル景気が終わってリゾートブームも終わったのに持ち続けるのが辛い中、相続した山の一つで山菜を採りに入った人が食中毒を起こして事件になりました。もちろん山菜を採るのを許可していたわけではないですが、やはりその土地に生えていた山菜で食中毒が起きたということで謂れのない争いに巻き込まれたそうです。
「結局、相続した土地全てで大きいか小さいかはあれ、トラブルが起きてどんどん手放していきました。誰それが土地を売ったという話を聞きながら私はおじいちゃんのお墓参りをしていたんですよ。お墓は雑草が生えるので私が定期的に除草していました。他の親戚は皆さん来ませんでしたね。薄情だとは思いましたが、きっと人間関係なんてそんなものだと思います」
それから定期的にお墓参りをしていたんですが、ある時期から突然雑草がほとんど生えなくなったんです。奇妙な話ですが、おかげでそれからはお墓の手入れが随分と楽になりました。そのお墓参りの数日後におじいちゃんの遺産でもらった土地の最後の一つが売られたと聞きました。もちろん偶然の一致かもしれません、ですがそれはなんだか関係がないようには思えなかったんです。
奇妙なこともあるのだろう。バブル時代の負の遺産とでも言えるものが全て解消されたところでその偶然は終わったらしい。最後に一言彼女が残した言葉が耳に残っている。
「偶然だと思いますけどね、年末の大掃除の時におじいちゃんの写真がアルバムから落ちていたんですよ。その写真に写っているおじいちゃんは笑顔でした。きっと全てが終わって安心したんだと思っています」
そうしてその話は終わるそうだ。結局、全て偶然で済むこともある話ではあるが、私は何か意味があったのだろうとお思いたいという彼女の言葉に同意して話を綴った。