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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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古い詐欺

 Tさんは以前、振り込め詐欺の受け子をしていたそうだが、罰則が厳しくなる前に足を洗ったという。その理由が道徳的な話ではなく、恐ろしい目にあったからだと言う。


「俺もね、受け子なんて将来性のない事はやりたくなかったんだよ。でもさ、今の世の中、生きていくには金がかかるじゃん? だから仕方なくやってたんだよな。ああ、正当化する気は無いよ、あんたに話すのだって謝礼目当てだしね、そうそう、名前はちゃんと伏せといてくれよ」


 私は匿名で聞くことを確約して話を聞いた。


「あの頃はまだオレオレ詐欺って言われてた時代でさ、結構引っかかる奴が多かったんだわ。結構若い男でもアダルトサイトの利用料と言えば結構払うんだよ、俺たちは『バカじゃねーの』と思いながらそうやって電話で請求している連中の話を聞いたよ。まあ俺は老人専門だったんだけどな」


 そこから話は始まるという。


 ちょうど一人暮らしのばあさんの電話番号が漏れたらしく、そこに電話をかけてたみたいでさ。息子が会社の金を横領したとか言う古典的な詐欺にも引っかかる奴がまだいたんだよ。普通は補填しても警察沙汰になるだろ? 向こうも考えが甘いんだよ、自分の金で辻褄を合わせておけば会社にいられるとか思ってんだぜ? 普通にそんなことをするような奴を雇い続ける会社なんてねーだろって思ってたよ。だから常識ってものが年寄りには無いのかなと思ったよ、俺が言えた話でもねーけどな。


 それで、その日はばあさんから通帳と印鑑とカードを受け取って暗証番号を教えてもらうだけだったな。こちらは完全にむしる気満々だったみたいだよ、俺みたいな末端には興味のないことだったがな。それでばあさんの住所を教えられて、スーツを着せられて同僚の振りをしてこいと言われたんだ。どこからどう見ても怪しいというのに信じる奴がいるのがおかしくてたまらなかったな。普通息子が横領しても通帳と印鑑が必要になるか? って思ったね。


 しかし、その日は少し調子が違ったという。


 ばあさんの家の近所に着いたらいかにも同僚面をして住所に向かったんだよ。馬鹿馬鹿しいと思ったぜ? だって同僚が息子の横領を知ってるんなら隠しようが無いだろ? 息子にきっちり支払わせろ酔って思うんだがな、人の親の気持ちってのはわかんねえなと思いながら家まで行ったよ。そこはそこそこご立派な家で、こんな金持ちでも引っかかるんだなとあきれてたよ。


 玄関チャイムを鳴らすまえに家の前に立ってたばあさんを見てこの様子ならまだまだカモる気だろうなって思ったよ。カモがネギ背負ってくるどころか鍋に入って自分で火を付けているようなものだぜ?


 それでも気付かれるのが遅れるように真剣な顔に切り替えてばあさんに話しかけたんだわ。


 そこでTさんはそのおばあさんの息子の同僚を名乗って、お金を受け取りに来たと言ったそうだ。


 演技ッつーのかな、『息子のためを思って今穴埋めをすればバレないですよ』なんて言ったよ。我ながら白々しいとは思うよ。同僚にバレてる時点でアウトだろとか思いながら、口座の一式が入った紙袋を受け取って、一通りそろっているのを確認してさっさと逃げたよ、いかにも急がなくてはならないみたいな面をしてな。この時が危ないからできるだけ早くばあさんの家から離れたんだよ。それから路地を通って待機している車に乗って口座のセット一式を渡したんだよ。そしたらそれを見るなり怒鳴られてさ……


『テメーふざけてんのか! ババアだからって舐めてかかったろ? こんなもん使えるわけねーだろ!』


 そんなことを言われてさ、こっちも意味が分かんねーから不満そうにしてたら袋の中身をひっくり返されたんだよ。そこにはさっき見たときには絶対になかったATMに入れられない通帳と、今じゃ無くなったんだったか、象牙の印鑑が入ってたよ。これで引き出すのはキツいと俺も思ったね。しかしおかしいんだよ、明らかにばあさんから受け取ったものと違うんだ。もちろんすり替えたりはしてないぜ? 象牙の印鑑なんてどこで手に入るのかも分かんねーしな。


 必死に言い訳をしたら不満げだったが嘘はついていないと分かってもらえてさ、まあクビだよ。クビになって良かったと思ってるがね、今じゃ人生が台無しになる程の罪になってるだろ? あの時に足を洗ってよかったよ。


 それでさ、クビになったわけでもう関係無いなと黒くしてた髪にもブリーチをかけてさ、あの家に興味があったから行ったんだよ。どうせバレっこないって思ってたしな。


 いかにもチンピラって格好であの場所に行ったらそこにあったのは廃屋だったんだ。いや、家の形自体は変わってない、なんか壁に蔦が貼って所々壁がひび割れてるんだな。手入れがされてないのはすぐ分かったよ。その時たまたま通りがかった近所の人にこの家って誰か住んでるんですかと訊いたんだ。そしたら……


『いや、その家はおばあさんが何年も前にマルチ商法で財産と友人を無くして首を吊りましたよ』って言われたんだ。


 気持ちの悪さは残ったけどさ、何事も良し悪しだわな。おかげで俺もあんな危険な業界とはおさらば出来たんだからな。あのばあさんが俺に嫌がらせをしたのか、警告のつもりであんなことをしたのかは知らないけどな、結果だけ見れば良かったことだと思ってんだよ。


 Tさんは今では日雇いのバイトをしながら糊口を凌いでいると言う。生活は苦しくなったが臭い飯を食わなくてすんだのはありがたかったよと言っていた。

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