ラジオとアースとノイズ
かなり昔の話、まだラジオを自分で組み立てる人がいた頃の話になる。加藤さんは誰にも言っていないが不思議な体験をしたという。
「いやね、今の人には信じられないでしょうがね、当時はラジオを組み立てて聞くのが娯楽だったんですよ。今じゃネットでリアルタイム配信しているんでしたっけ? 時代ですね……」
「何かおかしな体験をしたと聞いたのですが、一体何があったんですか?」
加藤さんは『ああ、その事でしたね』と言って当時のことを語り始めた。
当時はラジオを聞くのにアンテナとアースがあれば電気無しの電波だけで聞けるラジオがあったんですよ。ゲルマニウムラジオが一番有名でしたかね。分からなければ電波を直接音にしているものだと思ってください。
それでアンテナはいくらでも作り方があったんですよ。簡単なものだと筒状のものに電線を巻き付けるとかですかね。問題はアースで、こちらは何か接地しているものに繋ぐ必要があったんです。そこで真っ先に候補に挙がるのが当時は金属管で地中に埋まっていた水道なんですよ。蛇口に繋いでおけば地下深くまで繋がっているので手軽に使えたんですよ。
ああ、そうそう、怖い話でしたね。実はですね、私も当時は水道管でアースをとったんですよ。電線を直結するというシンプルなものでしたが、ラジオの音質は格段に上がりましたね。と言ってもそのラジオはスピーカーからみんなで聞けるような便利なものではなく、クリスタルイヤホンで雑音混じりに音が鳴る程度のものだったんですよ。
何しろ時代が時代でしたからね。テレビゲームなんて無いですし、すこしお金があれば電気式のラジオをスピーカーで聴くのが結構な贅沢でした。私はそんなものに縁は無く、自作のラジオで暇を潰していたんです。アレは冬の日でしたね。
当時、彼はいつも通りアンテナとアースを繋いでラジオを聞いていたそうだ。
ノイズ……だと思っていたんですよ。何故かその日は妙に音質が悪くてザワザワしたものがラジオの音に混じって聞こえていたんですよ。その日はノイズが乗る日なのかなと思いながら、他にすることもないので我慢して聞いていたんですよ。
そうしたら少しずつノイズがハッキリしてきて何か言葉になってきたんですよ。それをよく聞いてみると人の声だったんです。
『見つけて』
そう聞こえました。ノイズをよく聞くとその言葉を繰り返している様子だったんです。どうしてこんなノイズが乗るのか理解出来ませんでしたが、とにかくその日は混線でもしているのかと思ってラジオを聞くのをやめて部屋に帰り、本を読んだんです。本よりラジオの方がよかったんですがね、あのノイズではまともに聞けないなと判断したんです。
そうしてその日は何事も無く終わった。翌日、朝起きて学校に行く準備をして家を出ると警察が隣の家に入って行っていたんですよ。不思議には思いましたが、学校に行かなきゃならないのでそれを無視して足を進めたんですよ。
学校から帰ると母が私に声をかけたんですよ。
「お隣さんが急病で亡くなったらしいけど、何か知らない?」
私は『知らない』と言って部屋に帰りました。後に聞いた話によると、食事中に卒中を起こしたらしく、キッチンで倒れていたらしい。その事とラジオに乗ったノイズの関係は分からないが、偶然だとは思えなかった。
幸い、その後しばらくしてテレビが普及したのでラジオを聞かなくてもよくなった。彼はラジオを聞くならネットで聞いているという。そちらならノイズが乗ることはないからだそうだ。