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掃除屋

 塩谷さんは今ではすっかり開発が進んでしまったが、当時はまだまだ田舎だった地域に住んでいた。その頃、奇妙な体験をしたそうだ。


「まったく、今じゃすっかり信じる人もいやしない、つまらん世の中だ」


 そう言ってから話を始めてくれた。


 あの頃は……そうだな、まだまだ下水道すら未整備だった頃だ、流石に上水道はあったがな。今じゃ信じられないだろ? 当時は全部排水を川に流すのが普通だったんだぜ?


 私は「そういう時代もありましたね」と言った。


 それは重要な話じゃないんだがな。とにかくそういう時代の話だって事だよ。あの頃は金があったんだ、女にも困ってなかった、今じゃこんな安居酒屋で飲んでいるがな。


 なんだろう、もしかしてこのまま昔は良かったという自慢話に付き合わされるのではないだろうか? そういう話ではなく怪談を聞く予定でメモの準備までしてきたのだが。


 ああ、そうだった、怪談だったな。大した話じゃない、いや、偶然だと思っているんだがな。まあとにかく期待に添えるかは分からんって話だ。俺は学がねえからな、頭のいいヤツなら説明がつくのかもしれんな、だからまあ、期待に添えなかったら悪いな。


 ようやく塩谷さんは本題に入ってくれた。


「そういう時代の話だからな、とにかく景気が良かったんだよ。俺みたいな学のないヤツでもきちんと仕事にありつけるような時代だったんだわ」


 それで俺はさっさと清掃員に雇われてな、一も二もなく受けたよ。当時は特殊清掃なんてニッチな仕事だったし、実際にやらされたのはそういうものの処理じゃなく、遺品の処分だったな。


 そんなことで儲かるの買って思っただろ? 当時はその辺の普通のヤツが平気で高額なものを持ってたんだよ。時代っちゃ時代だが、とにかく遺族が関わりたくないようなヤツの遺品整理をやってたんだ。あの時は四人くらいでゴミ屋敷の清掃に行ったんだったな。いや、そこで誰かが死んだってわけじゃない、家主が死んだのは病院だったそうだよ。それを聞いて安心したね、少なくともあのいやな感じがないんだからな。


 死んだヤツの事なんて知らねえけどさ、とにかく遺族は関わりたくないと言って遺産も何もかも全部放棄したんだそうだ。意味わかんなかったな、何しろそれなりの家で中は汚かったが掃除をすれば十分使えるものだったよ。あの頃は土地を持っていれば価値が上がっていくとみんな信じていたからな、いくら家が汚いからって土地ごと手放すなんてワケがわかんなかったよ。


 とにかくその家に入ったんだが、入ったところに鏡が玄関にあったんだよ。入ってきた全員がビビってたが、結局家に住んでいたヤツが玄関で身なりを整えたんだろうって事にしたよ。あの汚い家に平気で住むようなヤツが玄関で鏡を見たりするのかとは思ったよ。多分あの時の全員が思ったんじゃねえのかな。


 それから各部屋の掃除、と言うか遺品整理だな。結構なものがたくさん出てきたよ。古物から家電、現金が出てきたときには全員で真面目に山分けするかなんて話をしたっけな。こんな宝の山を放り出した遺族が理解出来なかったよ。何しろ遺品は自由に引き取ってくれていいし、処分代もきっちり払ってくれるんだからな。


 それで奥の部屋へ進んで行ったんだがな、一つの部屋だけ何故か妙にいやな感じがしたんだな。その部屋を開けた途端仲間の一人が入りたくないなんて言い出したんだ。この宝の山を放っておくわけにもいかねえだろ? だからそいつを置いて残りの連中と入ったんだよ。なんてことない普通の部屋だったんだ。ああ、掛け軸の前に高そうな壺が置いてあったんだよ。いかにも古物商が好きそうなものだろ? もちろん回収したよ。その部屋の清掃を終えたら帰社したんだがな、値の付きそうなものを積んだトラックにさっきビビってたヤツが乗りたくないとか言い出してな、そいつはトラックに乗せる予定だったんだが、仕方なく他の連中と同じバンに乗せたよ。おかげで一人で運転する羽目になったんだ、大型免許は俺とそいつしか持っていなかったからな。ああ、今じゃ大型の間にも準中型だの中型だのあるがな、当時は大型免許が簡単に取れたんだよ。


 話が逸れたな。とにかくそうして持ち帰ったお宝たちを仕分けして社長の知り合いの古物屋に売ることになったんだ。それなりの値が付くと思ったよ。俺はものの価値なんてものは分かんねえけどさ、いかにも高そうなものが多かったんだよ。しかも社長は目が利くからな、それなりの金額になるだろうと思ってその日の仕事は終わったんだ。


 問題は次の日だったな。出社すると昨日トラックに乗りたくないと言ってたヤツが出てこなかったんだ。結局そいつは後日退職届を郵送してきてな、何しろ人手はいくらあっても足りない時代だったからな、それも大型免許を持っているヤツがいなくなるのは困ると随分慰留したらしいが結局田舎に帰っていったんだ。もったいないヤツだと思ったよ、たっぷり稼げるチャンスを捨てたんだぜ? まあその後のバブルがどうなったかは知ってるだろうがな。結局、そいつは運の良いタイミングで辞めたんだよ。そいつは偶然だろうし気にしなくていいんだがな。


 その後しばらくして社長から直接呼び出されたんだよ。お説教にしたって心当たりがなかったんだがな。そりゃ素行は良くはなかったな、パチンコだの風俗だのは当たり前だったからな。しかしそれはプライベートだろ? 社長に説教されるような話じゃないんだよ。


 それで社長のところに行ったわけだが、部屋にはこの前清掃した家で回収してきた壺が置いてあってな、売れなかったのかと思ったんだが、それを聞く前に社長が俺に言ったんだ。


「お前、こんなものをどうやった持ってきたんだ?」


 わけがわからなかったよ。普通に床の間に置いてあった壺だぜ? とっくに古物商に売ってると思ってたんだ。


「いや、普通にこの前の清掃で値が付きそうだったので持って帰ってきたのですが……」


「バカヤロウ!」


 社長がそんな剣幕になるなんて意味が分かんなかったよ。理不尽に怒られてるのかと思って少しイラついたんだがな、社長が続けた言葉で寒気がしたよ。


「誰が骨壺なんて持ち帰れと言った! こんなもんに値が付いてたまるか! 一応ホトケなんだぞ! 遺骨を捨てて良いかなんて言わなくても分かるだろうが!」


 すごい剣幕だったよ。俺はポカンとしていたね。持ち帰るときにはもう中身は空だったからな、しっかり確認もしたし、ごく普通の壺だと思ったんだよ。しかし古物商に見せたら血相を変えて引き取れないと言われたらしくてな。しかも事と次第によってはウチとの付き合いも考えるとまで言われたらしい。


 俺は正直に言ったんだが、まあ信じてもらえないわな。それで結局割増金をもらって退職したんだよ。その時はものすごく腹が立っていたんだが、その後噂で俺と部屋に入らなかったヤツ以外のあの家に清掃に入った社員が全員死んだって話を聞いて自分が助かったと思ったよ。その後バブルが弾けて会社はたたんだらしい。つまり偶然なんだが俺は良いタイミングで辞められたってわけだな。


 ん? ああ、なんで骨壺があったかって? 知らねえよ、そんなものを置いているようなヤツだから遺族に絶縁されたんだと思うぜ。


 そう言って笑いながら塩谷さんは目の前のビールをあおった。彼はその後、就職先を見つけ、経済の低迷のせいで収入こそ減ったものの、暮らしていける程度には貰っているらしい。


 最後に彼は『給料は減ったがな、それでも命あっての物種だ』と言い笑っていた。

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