おじいさんの祭壇
田口さんは昔、よく病気をしていたという。今ではすっかり元気だが、その事をあまり良いとは思っていないらしい。不思議だったので理由を聞いた。
「ああ、その事ですか。あまり愉快な話ではないですよ? それでも構わないならお話ししますが」
私としてはそれがオカルトじみているということで是非話してくれないかと言った。
あなたも物好きですね、構いませんけど。あれは私が小学生の頃まで遡る話になります。あの頃はよく学校を病欠していたんですよ。学業にはついて行けていましたけど、やはり病欠が多いとクラスに顔を出せる回数が減って必然的に友人はいませんでした。
誰が悪いというわけではないんですけど、その頃はついつい家族に当たってしまいました。八つ当たりですけど自分を責めるか、家族のせいにするかくらいしか選択肢はありませんでしたから。自分のせいなのかもしれませんけど当たる相手が欲しかったんです。いやなヤツだと思うでしょう? 当然ですけどね。
それから彼は少し声のトーンを落として続けた。
小学校の高学年に上がる頃、四年生が終わって進級する春休みの話です。その日は学校に行けたのでそれなりに機嫌良く帰ってきたんです。そうしたらまだ元気だった頃の爺さんが玄関で待っていたんです。結構厳しい祖父だったんですけど、その日は一段と不機嫌そうに俺を出迎えてくれました。怒られるのかなとなんとなく思いながら避けるように家に入ったんです。
「おい坊、ちょっとじいちゃんに付き合え」
そう声をかけられたんです。いやでしたね、当時の祖父は普通に体罰とかもしていましたから。ただその日はなんだか穏やかな口調だったんです、しかしどこか厳かな感じがしましたね。よく分からないのですが、呼ばれてしまった以上無視も出来ないのでそちらに向かいました。
「ほら、こっちに来て神さんを拝め、お前ももうそういう歳やろ」
私は当時、神様なんて信じていませんでしたよ。ただそれはともかく、祖父に怒られないようについて行ったんです。てっきり神さんなんて言うから神棚を拝むのかなと思ったんですが、祖父が案内したのは自身の部屋でした。祖父は勝手に自分の部屋に入ると怒るような人でしたからね、それは少し意外なことでした。
そして祖父の部屋に行ったんですが、その部屋には簡易的な仏壇のようなものがありました。ただアレは仏壇ではないのだと思います。少なくとも『神さん』と言った以上、仏様を拝むのはおかしいですからね。ただ、当時の私には神道と仏教の違いもよく分かっていませんでしたし、神社と寺の区別もついていませんでした。
「ここに座れ」
そう言ってなんだかよく分からないアレは……祭壇とでも言っておきましょうか、その前に座らさせられたんですよ。未だになんだったのかは分かりません、祖父はそれが何だったのか話す前に鬼籍に入りましたから、今では謎のものです。
それからなんだか恐れているような顔をして彼は話を続けた。
それから藁人形の置いてある祭壇に向かって祖父と二人で拝んだんですよ。それだけは何も感じませんでした。ただ祖父の機嫌を損ねないように見よう見まねで祈ったんですよ。御利益なんてものは信じていませんでしたが、それで祖父が満足するならと思って少しの間祈ったんですよ。
そしてお祈りが終わると祖父はいつになく優しい顔をして『もう大丈夫や』と言ったんです。何が大丈夫なのかは分かりません。ただそれだけを聞いて私は自分の部屋に帰りました。
その三日後に祖父はなんでもない風邪をひいて、そこからあっという間に肺炎になってしまい死んでいきました。祖父は元気だったはずなんですがね、当時は家族が年のせいだと言っていたのを覚えています。あれだけ元気だったのに高齢だったからなんていう理由だけでそんなにすぐ体調が悪くなるのかとは不思議でした。
それで、祖父が亡くなってからは私は元気になりました。体調が悪くなってもせいぜい風邪止まりで、学校を休まなければならなくなっても一日二日もあれば普通に治るようになりました。当時は不思議だったのですけど、なんとなくあの祭壇に祈ってからだなとは思いました。
家族の皆があの祭壇がなんなのかは言いませんでした。だから結局謎のままなんですよ。ただそれだけの話ではあるのですがね、それから少し身の回りで変なことに気付いたんです。
学校を休んで風邪がよくなったので登校するとクラスの誰かが欠席していたりしたんです。それに法則らしいものは見当たりませんでしたが、無差別に誰かが休んでいたんです。
一回や二回なら偶然なんですがね、私が休んだ後はほぼ確実に誰かが体調を崩していました。ただ、私がよく休んでいたのでクラスメイトも『病弱なヤツ』扱いをしていました。だからたまたまだろうと思われていました。
それから中学に上がった頃にはすっかり風邪もひかなくなって普通の生徒になったんです。そうして私はようやく一般的な生徒になれたわけですが、中学に入ってから私のクラスだけ欠席する人が多かったんです。法則みたいなものはありません、ただ誰かが無差別に休んでいたんです。始めはそういうものかと思っていたのですけど、他のクラスはまったくそんなことは無かったんです。だから不思議だったんですが、自分にも友人と呼べる人がで来たのでそれだけで満足していました。ただ……
一呼吸置いて彼は声を絞り出した。
中学も二年になってクラス替えをすると、同じ事になったのでなんだか居心地が悪く感じたんです。決定的なのは夢でしたね。祖父が出てくる夢を見たんです。その夢の中では二人であのよく分からない祭壇を拝んでいたんです。始めて拝んだときは確か果物が両脇においてあるくらいの簡素なものだったはずなんですが、その夢の中では祭壇に沢山の人の形に切り抜いた紙が盛るように置かれていたんです。
結局、よく分からないまま目が覚めたのですが、夢の内容はハッキリ覚えていたんです。それ以降は夢も見ませんでしたし、ごく普通の人になれました。良いことのはずなんですけど……なんとなく感覚で分かったんですよ。根拠のある考えではありませんし、ただの直感なんですけどね、あの祭壇にたくさん置かれていたものが『身代わり』だとなんとなく分かったんです。夢の中で身代わりになっていたのは紙の人形でした、ただ現実のことを考えてみるとその身代わりが人間なんだと思いました。
結局、それからはごく普通に進学していったのですが、二十歳になるまで身近に風邪をひく人は妙に多かったですね。ただ、アレを意図的になんだったのかは調べませんでした。祖母も高校時代に鬼籍に入ったので二人の部屋は片付けられて、あの祭壇がなんだったのかは完全に闇の中です。
そうしてようやく普通の人になれたんです。アレがなんだったのかは分かりませんが、もう二人の部屋が空になったのでそれで片付きました。調べるつもりはありません。
「心霊的なものを聞きたかったんですよね? 少し期待外れでしたかね?」
私は興味深い話だったと答えて謝礼を渡し別れた。結局真相は闇の中だが、話を聞いている間ずっと暑い暗い口調の聞いたところで話を聞いていたのに体が冷えていた。彼と別れたらすぐにそれは収まったので、もしかしたら未だに彼のおじいさんは彼を少し歪んだ方法で見守っているのかもしれない。そのまま話を聞いているとどうなるかは分からなかったのでこの話を深掘りするのはやめておいた。