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命がけのバイト

 顔に傷跡のある山吹さんだが、彼はその傷を負った理由を語ってくれた。もちろん山吹さんが反社会勢力に属しているというわけではない。では何故頬にそんな傷を負ってしまったのか?


「いやあ、大した事ではないんですがね、よくある災難な話ですよ」


 そう前置きをしてからその傷を負った日のことを話してくれた。


 あれは大学に入ってすぐですね。一通りのサークル勧誘も終わって淡々と過ごしていたんです。あの頃はまだ将来に夢を持っていて、これからの生活に期待をしていました。初めての一人暮らしでしたから。


 恋人でも作って……とは思いましたよ、いい年の男なんてそんなものでしょう?」


 私は曖昧に頷いて続きを聞いた。


 それで繁華街に繰り出して遊ぼうと思ったんですよ。ああ、もちろん大学の初年度なのでお酒は飲めませんよ、ただああいったところの雰囲気が好きになったんです。歩いていただけでも楽しかったなぁ……


 懐かしそうな顔をする彼が大学生だったのは何年前だろう? もう壮年にさしかかった彼がまだ若かったころ、何かがあって傷を負ったようだ。


 金の無い貧乏学生でしたから、教科書を買ったら食うにも困る有様でしたよ。そこで先輩をヨイショして奢ってもらったりはしていたんですがね、やはりそれでも限界がありますよ。仕方なくパンの耳で過ごしたりもしましたね。その頃はまだ平気だったんですがね、バイトを始めて少し潤い出すとすぐ金を使うようになりまして、結局金には困ってたんだよな。


 珍しい事じゃないけどな、よくある学生として金払いのいいバイトを探したんだよ。当然だけどありゃしないわな、あっても既に席が埋まっていたり、そうそう上手い話は転がってなかったよ。ところがとあるバイトの求人を見つけちまったんだなあ……


 しみじみとそう言う山吹さん。


 そのバイトは簡単でな、工事をしている橋の警備だな。なんであんなに時給が良かったのかは考えなかったよ。ただ夜間の警備をするだけで一日三万円ももらえるなんて破格だろう? 迷わなかったよ、迷っていて席が埋まったら元も子もないからな。見つけてすぐに求人に電話をかけたよ、携帯電話なんて当時は通信兵が持つ無線機みたいなものだったからな、公衆電話からかけたんだ。


 今にして思うとおかしいんだがな、何故か簡単に決まったんだな。そんな美味しい仕事が余っているなんて不思議だったよ。なんにせよありがたい話だからな、一々そんなことを気にしているほど金が余ってなかったんだよ。金に目がくらんだってわけだな。それで言いつけられたところの夜警をすることになったんだ。とはいえ、地方の大学だ、確かにそれなりの町だったがな、大学に溢れているような時代でもなかったから人が多いわけでもない、警備なんて形だけのものだと思っていたんだ。


 で? 実際どうだったのかって聞きたいんだろう? そうさな、実際警備なんて言われていたが初日は数えられる数の車を誘導しただけだったよ。日払いで万札をもらったときは金銭感覚がおかしくなるかと思ったよ。結局その金もすぐに散在したんだがな。なんに使ったかって? 俺もあの頃はいい年の男だったんだ、ま、そういう使い道をしたんだよ。すぐに金は溶けたよ。警備の仕事のおかげで金には困らなかったんだ。


 そうして一週間ほど警備をしていたところで少し気になったことが出たという。


 いや、金払いがいいのは結構なことだし、工事は続いてくれれば良かったよ。日払いだからな、長引けばその分金がもらえるんだよ、なんか事故でも起きて工事が長引かないかなんて不謹慎なことを考えたほどだよ。


『それが悪かったのかな』と言い、ようやく本題に入った。


 工事も続いて元々近かった完成が近づいたんだ。見たところ後は塗装をするくらいで開通出来るんじゃないかと思ったな。それでその晩も楽にしていたんだよ。ただな、その日はおかしな事があったんだ。橋の下あたりにユンボが止ってたんだよ。それが工事を始めた頃なら何も気にしなかったろうな、お疲れ様って思うくらいだよ。でも当時はもう基礎なんてとっくに完成していてそこを掘る理由なんて何も無いと思ったよ。それでそのユンボに近づいたんだな。工事現場にあっても何もおかしくはないんだがな、まあ気になったわけだ。


 それで近づいてみるとそいつは少しだけ穴を掘っていたんだ。何かの工事かと思ったんだが特に掘る理由の無さそうな穴だったんだ。そんなに深い穴じゃない、それをおかしく思って近寄ったよ。近寄った瞬間に頭に衝撃がきたんだ、いや、頬だな。その時に殴られて付いた傷なんだよこいつは。多分シャベルか何かだったんだろうな、切り傷みたいになって未だに残ってやがる。


 そこで私は一つの疑問を尋ねた。


「確かに傷の理由は分かりましたが、それは心霊と何の関係も無いのでは?」


 そう、ただ単に暴漢に襲われただけではないのか? その疑問に彼は答えてくれた。


「そうだな、別に心霊ってわけじゃないんだ。死霊も出てこなければ、呪いもない、そういった意味ではあんたの希望には添えないかもな。まあその場で殴られたときに這々の体で逃げたわけだが、その時に聞こえた言葉が問題だったんだ」


『おい! 仕留めたんじゃないのか! やっと見つけた人柱だぞ、いくらかけたと思ってるんだ!』


『申し訳ありません! 急いで仕留めます!』


 もう大急ぎで逃げたよ、日払いだったしその日の金なんて要らない、命あっての物種っことだ。ま、そんなわけで俺は人柱にされそうだったんだな。妙に給料が良かったわけだ、命一つにしちゃあ随分安かったがな。


 それでこの傷の話は終わりなんだがな、俺は危うくあのユンボの掘った穴に入れられるところだったんだ。我ながらそんな目に遭ってよく大学を卒業まで過ごせたと思うよ。一応話はそれで終わりなんだがな、参考までに教えといてやるがその橋、今は無いんだよ。立派な基礎に強固な橋だったというのにあっさり増水した川の流れで壊れちまったんだ。ま、人柱があれば壊れなかったかなんて事は分からないがな。


「ともかく、俺はそうして小銭のために殺されかけちまったんだよ」


 そう言って軽く笑う山吹さん。彼の傷は今でも残っているが、今では話の種に出来るくらいに思い出になってしまったらしい。なお、卒業して以降その町には一度も行ったことが無いそうだ。

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