コールセンターと呪い
「素人の呪いほど怖いものは無いですね」
最近、呪いをかけられそうになった慶事さんはそう言った。彼はとあるコールセンターで働いているが、客層があまり良くないので暴言を浴びることも日常だそうだ。
いやね、『呪ってやる』と言われたんですね、あ、なんのコールセンターかは伏せておいてくださいね。とにかく客が軒並みその日暮らしをしているような方が多いものでどうしてもそういった言葉を浴びるのは珍しくないんですよ。
慶事さんはまったく恐れる様子も無くそう言った。なかなかハードな仕事のようだが慣れてしまったそうだ。彼の動機は皆退職してしまったので慶事さんもそれほど長く勤めているわけでも無いのに職場ではベテラン扱いされているらしい。
とにかく気になんてしませんよ。その程度の暴言は日常ですからね。むしろもっと直球に『殺してやる』とまで言われることだってありますから、真面目に聞いていたらとっくの昔に辞めてるでしょうね。同期にはそれで辞めてしまったのも多いですがね。
そんな暴言が日常の職場で呪いの言葉などまるっきり無視して次の電話を受けたそうだ。日常茶飯事なので一々そんな言葉を真面目に聞いている暇は無いらしい。
むしろ呪ってやるなんて可愛いものだと思いましたよ。呪いなんて信じていませんでしたし、ご苦労様としか思いませんでしたね。なのでさっさと話を打ち切りました。こういう電話を真面目に聞くだけ無駄ですからね。一応謝罪の言葉を一通り言ってさっさと会話を終わらせました。
その時は気にしなかったんですがね、次の日に微熱が出たんですよ。私も体は丈夫だと思ったんですがね、たまには風邪くらいひくのだろうと近所の病院まで歩いて行ったんですよ。しかし私の住んでいる地域なんですけど全国でも有名な大鳥居があるんです。普段は気にもせずに車で下を通るだけだったんですが、それを通った途端にすっかり体調不良が無くなったんです。
鳥居のおかげかなと思ったのですが、もう既に会社には病欠を伝えていますからぽっかりと時間に穴が開いたんです。突然降って湧いた自由時間をどうするか考えたのですが、その鳥居のおかげだと思ったので病院代からいくらかをお賽銭にしておいても罰は当たらないだろうと思って神社の方に向かったんですよ。
大きな鳥居なので流石に石造りではない。近代的な工法で作られたものだが、それでも何か効いたのだろうと思って彼は神社の建物まで歩いて行った。車で行くような距離だが、体調がすっかり良くなった慶事さんは少しの運動のつもりで歩いて行く。
そして本殿に着いたので財布から千円札を一枚取りだして賽銭箱に入れた。賽銭としては多いが、病院代よりは安いだろう。
そこで声をかけられたんですよ。神職に就いている方のようでしたので何の用があったのだろうかと思い話を聞いたんです。
「あなた、呪いをかけられたようやね、災難やったな。せやけど安心しい、かみさんが呪いをそっくり返してくれたから心配いらんで」
私は昨日の電話を思い出しましたが、まさか本当に呪いがあるとは思っていなかったので突然そんなことを言われて驚きましたよ。幸い参拝客が少ない時期だったので話を少し聞かせてもらったんですよ。
その方が言うには『なんや素人さんが呪いをかけたようやけど神さんがすっかり返したわ、心配せんとき』と説明してくれたんですね。もちろん昨日の電話のことなど少しも話していませんよ? それなのにすっかり呪いを言い当てられて驚きましたよ。その人は心配要らんから気にせんときとだけ説明して話を終わらせたんですよ。
翌日なんですがね、私を指名してクレームの電話が来たんですよ。個人を指名するのは珍しいんですがね、私も一応新人よりは対応出来ますし、ベテランで名が通っていたので新人の処理出来ない話を回されることはあったんですよ。
大抵『上を出せ!』とでも言われたのだろうと思って通話に出たんです。すると電話口からは『もう呪わんからお願いだから許してくれ』と言われたんです。声からしてこの前の人だなと思いました。それはさておき、彼はそれだけ言って電話を切ったんです。何があったのかは聞けませんでした。ただ一つ言えるのは、神様も大した呪いでもないのに厳しいんだなって思いました。その人がどうなったのかは知りませんが、神様も呪い返しで死なせてまではいないだろうと思いますね。
そう言って話を締めくくった。慶事さんはあの程度の事で一々気にしていたらこんな仕事が続きはしませんよ。どんな呪いだったのかは知りませんが電話をする余裕があるなら大丈夫でしょう。
そして彼は未だにコールセンターで働いているそうだ。暴言は色々と聞いたが、実際に呪われたのは初めてだったそうだ。曰く『あの程度の事で辞めていたらとっくの昔に辞めちゃってますよ』と言った。彼はこれからもコールセンターで働くつもりでいるそうだ。ちなみにお礼代わりに月に一度、その神社に参拝して少しのお賽銭を入れることにしたと言った。




