GIFアニメ
桜井さんは以前なんとも説明のつかない体験をしたそうだ。聞いて欲しいとのことなので話していただいた。
「アレは……そうですね、スマホは当然無い時代です、まだ常時接続が贅沢品扱いされていた頃でしたね」
在りし日のインターネットで彼は説明のつかないものを見たことがあるそうだ。
あの頃はまだテレホーダイとかいう言葉が普通にありましたね、俺は東京に住んでいたのでかなり早くから常時接続を使えたんです、まあADSLでしたがね、光はまだまだ先の話でしたね。
それで、ネットが使い放題というわけであの頃はまだ高校生でしたがネットに入り浸っていましたね。そこでいわゆるアングラと呼ばれていた界隈に入っていたんですよ。当時は過激な画像が平気で貼られていましたね、今じゃとても無理なグロ画像へのリンクが何のためらいも無く貼られていた時代でしたよ。
それから一呼吸置いて桜井さんは言葉を続けた。
なんとも奇妙な話なんですがね、とある動画を見たんですよ。所謂虐待動画でしたかね、今じゃ絶対に通報されて消されているような内容ですよ。昔はそんな動画が野放しにされていたんですよ、おおらかと言えば聞こえはいいですが、平たく言えば無法地帯でしたね。
それで、なんとなく踏んだリンク先がその手の動画でして、映っているのは日本人らしき子供で、具体的には言いませんが酷い目に遭わされている動画でした。動画と言ってもGIFアニメのことなので音声なんてものはありません。ただ画像が流れていくだけです。その子には気の毒だなあと思いながらブラウザの戻るボタンを押したんです。
そしてその日は『胸クソ悪いものを見たな』くらいに思って寝たんです。通報? 一々するような時代じゃなかったですね。あの時代にネットで殺害予告されたなんて警察に言えば鼻で笑われるような次代でしたからね、『ソースはネット』なんて何の意味も持たない時代でしたよ。その日は日曜日だったんですがね、翌日登校するとクラスがざわついていたんです。
「なあ、何かあったのか?」
クラスメイトにそう訊ねると、転校生が来ると言っていたんです。転校が無いわけではないですが珍しいなとは思いましたよ。
そうして寝不足の頭のまま朝の集会で転校生が紹介されたんですよ。ぼんやり視線を向けると背筋がゾッと冷えましたよ。昨日GIFアニメに映っていた少女が中学生になったそのままの顔をしていたんです。彼女の腕に包帯が巻かれていること以外は普通にしていましたね。
『まさか……他人に決まっている。あの小さな動画で誰かなんて区別がつくはずがない』
そう必死に自分に言い聞かせながら教室に帰りました。なんとも居心地の悪さを感じながらも席に着いてぼんやりしていると教師がこのクラスに転校生が来るのでみんな優しくしてやってくれ。と言ったんです。転校生という時点で一人しかいませんから背筋に金属を当てられたような気分になりました。
それでも気のせいだと自分に言い聞かせて待っていると転校生が入ってきました。名前は伏せておきますが、彼女は間違いなく動画の少女にしか見えません。きっと合成か何かだったのだろう、あんな動画が本物のはずは無い。そう自分に言い聞かせながらゾクゾクしていましたよ。
彼女は教室の後ろの方の席に決まりそこに歩いて行ったんですがね、私の隣を通ったときにとても小さな声で『知ってるくせに』と小声で言ったんです。
ただそれだけで、しばしネットのアングラ界隈からは足を洗いました。あの動画も保存していなかったので真実は全て闇の中です。それで良かったのだとは思いますがね。
幸い彼女は傷が増えるようなことは無く、無事卒業していきましたがね。結局別のところに進学しましたし、ただそれだけの話なんですがね、未だにアレがあってからスマホを持つ気になれないんですよ。周囲のみんなからは不便だからスマホを持てと言われるんですがね、当分はガラケーで済ませるつもりです。
彼はそう言ってうなだれた。彼女の行方は杳として知れないそうだ。