窓の先には
「最近、娘が大変なことになりました。無事だったからいいようなものの……」
そう言って八重洲さんは自分の娘に起きた奇妙な体験を語ってくれた。
はじめは……そうですねえ、娘が生まれて育児が一段落ついたので私も油断していたんでしょう。手がかからない子だと思って一人遊びをさせていたんです。まだ子供なのでなんとも言えませんが、少なくともあの頃はスマホを欲しがったりはしていませんでしたね。
どうやら彼女の娘さんはお行儀の良い子だったらしい。しかしそれがマズかったのだと彼女は言う。
「はじめはね、アパートの窓から外を見ていたんですよ、始めは特になんとも思わなかったんですが、数日は窓の外に何もないのにじっと見ているので何を見ているのか聞いたんです」
「女の人がね、飛んでるの」
一応言っておきますが、今住んでいるのは二階建てのアパートです。そして我が家は二階になっているので、その上から飛び降りたりは出来ません。もちろん二階建ての建物から飛び降りて死のうとする人もまずいないと思いますし、娘には何か面白いものがあったのだろうと思いました。
しかし、娘さんは一週間が過ぎようとも、午後の十分くらい窓の外をじーっと見ていたんです。子供なんて面白いものを見たがるのだろうと思っていたのですが、ウチの窓から見えるものなんてせいぜいが山とビルくらいです。決して見ていて楽しめるものではないんですよ。
「ビルが見えると仰いましたが、ビルで何か事故があったりはしませんでしたか?」
いえ、そういうことは噂すら聞いたことがないですね。ビルと言ってもせいぜい十階もないものですからね。そういった自分の命を絶ちたい方はまず駅から電車に乗って数駅で高層ビル群のあるところまでつきますからね。こんな微妙なところで飛び降りようなんて話はなかったんです。
とはいえ、娘はそれからも毎日窓の外に向く時間があったので一緒に窓の外を見てみました。やはりタダの景色が広がるだけで、ヘリコプターや飛行機も飛んでいないような空でした。
その時は気にもとめなかったんですが、後日、窓の正面にあるビルで死体が見つかったという話を聞きました。こう言ってはなんですが原因はよくある職場での痴情のもつれで、つい人を殺めてしまい、その遺体を隠すのに会社の冷凍倉庫を使っていたという話です。被害者は女性だったそうですが、詳しいことは分かりません。娘が見ていた女の人がその人だったかは不明ですが、犯人が捕まって以降は窓の外に注目することもなくなり、子供らしい玩具を欲しがるようになりました。
その女性が見つけて欲しかったのかとも思ったのですが、犯人の男性が出頭した理由が『夜中に女の子がじっと枕元に立って恨みがましい視線を向けてくる』と言っていたそうです。不謹慎な話ですが、それが心神耗弱狙いの入れ知恵であってほしいと思っていますよ。
「まさか娘が犯人のところへ生き霊を飛ばしていたなんて想像はしたくないですからね」
その後、娘さんは小学校に上がってスマホを欲しがっているそうだ。割とそういうお願いを嫌がる親も多いものの、彼女は娘が健全なお願いをしてくれるようになったと嬉しそうに言った。