草の家
「『草の家』と呼ばれている家が実家の近くにあったんですよ」
忠志さんは昔の思い出となりつつある、苦い経験について語ってくれると聞き、早速お話を聞くことにした。
「その家なんですがね、私が子供の頃には老人が住んでいたんですよ。植木に凝っている人で、その家の庭には盆栽から植木まで様々なものが植えられていましたよ。ただ、その住人の方が中学に上がる頃には見なくなって友人の間では『あの爺さん死んだらしいぞ』という噂がまことしやかに流れていたんです」
そうなると怖いもの知らずの中学生のガキですからね、住人を失ってすっかり植物で一杯になった庭からその『草の家』に忍び込もうとしたのは必然でした。仲間の家に一人で求める奴がいればよかったんですがね、当然のようにみんなして俺も俺もと参加して、忍び込もうとしている連中は結構な人数になりましたよ。まあ私もその一人だったわけですが。
「中学生でビビってると舐められませんか?」
そう訊ねられたのだが、私はそういったことに詳しくない。学校によっては無茶をするのが当然という風潮もあることは知っている。しかし私は小中学と心霊に縁が無かったのでなんとも言えなかった。
それで一人、割と放任されていた子がいたんですが、その子の家で勉強会を開くと言い訳をして集まることにしました。子供でも人の家にこっそり忍び込んだら怒られるのは分かっていましたから、バカかも知れませんが夜なら見つからないだろうと浅知恵を働かせたんですよ。
そんなわけで全員が口裏を合わせられるように話を作ってその空き家に忍び込むことになったんです。
予定していた日に全員で勉強会をするといって家の前に集まりました。ええ、それはもう不気味でしたよ。小学生の高学年くらいなら庭の植物で見えなくなるほど植物が侵食していました。
鬱蒼とした草の間を腰を低くしてコソコソと忍び込みました。草に異変はありませんでしたよ、盆栽は全て枯れている様子でしたがね。
そして本番の家への侵入をしようとしたわけですが、普通は空き家であっても鍵くらいかけられていますよね? その家の玄関はドアノブに手をかけるとあっさり開いたんです。拍子抜けするくらい簡単にね。ただ……中は植物が大量に覆っていましたね。床のしたから生えてきたのか、生命力を感じさせるほどに非常に力強く生えていましたね。今にして思うとよくあんなに生えていたなと不思議に思います、何しろ屋根はしっかり残っていたので住人がいなくなれば日が当たる事なんて無いはずなんですがね。
そうして所々に置いてある枯れた盆栽を見ながら先に進んでいきました。その家は平屋だったので探す場所はそんなに多くなかったですね。大したものはないなとみんなで笑い合って帰ることにしました。別に不思議なことが起きているなんて思いませんでしたね。しかし、次の平日が問題でした。
私はあの家に何人が忍び込んだのかを言いませんでしたよね? それには理由がありまして、私の記憶が確かなら七人で忍び込んだはずなんです。しかし学校で昨日のことを話しているのに六人しかいないんです。もちろん私も数に入れているんです。それなのにどう考えても一人足りないんですよ。でも誰もそれを疑問に思わなかったようなんです。
さらに不思議なのは、同じクラスで集まったメンバーだったのですが、家に入った人数が一人足りないのにクラスの人数はしっかり全員そろっているんですよ。つまり誰かが消えたはずなのにクラス全体の人数は減ってないんですね。
結局その事の真相は闇の中でした。ただ、後日祖父にこっそり尋ねたんですよ、「あの草ぼうぼうの家っていつから放置されたの?」と聞いたところ、「何言ってるんだ? あそこの爺さんはお前が生まれる前に死んでからずっと空き家だぞ」と言われてしまいました。
結局、何が真実で何が起きたのかも分かりません。実は全部私の妄想なんじゃないかとさえ思いますよ。むしろ個人的には全て私の妄想で遭ってほしいとさえ思いますよ。
「結局、真実なんて闇の中です。こんな話でも参考になるんですかね?」
そう訊かれたので私は『とても興味深い話でした』と答えて謝礼を渡した。世の中いろいろな話があるものだと思わされた日だった。