鳴動
「それでね、ウチの教育方針は酷いものでしたよ、高校までスマホが持てなかったんですよ」
そう愚痴っぽく言いながら恵子さんは話を始めた。
高校入試志望校に受かったらスマホを買ってやるなんて言われましてね、必死に勉強しましたよ。スマホが欲しかったというのもありますが、どちらかというと志望校に落ちたらもっと酷い制約を課されそうだったからというのが大きいですね。
彼女が心底うんざりしたように言っている。なかなか派手めな格好をしている彼女からはあまり想像出来ないが、高校までは勉強漬けだったらしい。
それで必死になった甲斐もあってなんとか志望校に受かったんです。親も言った手前一応買ってくれましたよ、ショップに行ったときに心底嫌そうな顔をして安い機種を探していたのにはあきれましたよ。
結局、可愛さの欠片もない、とにかく安くなっている機種を一台買って契約までしました。私はそれを見ながら、私にかけた教育費に比べてどこまでケチなんだろうって思いましたね。そこまではまだしも、それにペアレンタルコントロールまでかけるんですよ。安物くらい自由に使わせて欲しいと思いましたがね、まあそれでもとにかくスマホは手に入れたわけですね。
それから彼女は勉強はしつつも友人たちのグループでメッセージを送り合ったりしていたそうだ。
やかましい制限にはうんざりしましたがね、一応手に入ったのでフル活用しましたよ。おかげで彼氏も出来たりしたんですがね、いろいろあってご破算になりましたが。
「何か理由があったんですか?」
そう訊くと、彼女は渋々といった様子で語り出した。
「スマホに電話がかかってくるんですよ、夜に勉強をサボっていたりするとね。あと彼氏を家に呼ぼうとしたら、家の近くに来た時点でスマホが鳴りましたね、でもおかしいんですよ。どちらの時間も両親ともにかけるようなことは無いはずなんです。夜は寝ているであろう時間でしたし、彼氏といた時はどう考えても仕事中でした」
「しかし不可能ではないのでは?」
私がそう言うと、彼女は首を振った。
あり得ないんです、試しに夜に自室でスマホのSIMカードを抜いて引き出しにしまっておいたんです。その上でスマホの電源を切っておいたんです。それでも机の上に置いていたら私が勉強をサボったときになるんです。電源を切っているのはもちろん、SIMを抜いているのに通常の電話が表示されるんですよ? 無料通話アプリなら百歩譲って何かの拍子に電源が入っていたと説明もつきますが、SIMを抜いていれば電話としての機能は無いはずなんです。そのはずなのに電話がかかってくるんです。全て無言で非通知でした。無言の圧力は感じましたがね。
「親御さんに夜に電話をかけないでと言わなかったんですか?」
それも考えましたがね、現実的では無いんです。あの親の性格からして勉強をサボっているというのがバレるとスマホの没収まであり得ますからね、結局我慢するしか無かったですね。
結局、我慢して勉強をしましたよ。しつこく電話が鳴っても不気味ですからね。しつこくてうんざりしましたよ、結局、スマホの無い生活とそう変わりませんでしたね、昼間に少しだけ使えるくらいの違いしか無かったんですよ。
恵子さんの話によると、それは高校を卒業するまで続いたらしい。結局彼女は親のうるささにうんざりして大学進学を機に上京したそうだ。最終的に、親の契約したスマホは防音ケースの中に封印して自分で契約したスマホを使うようにして解決したそうだ。今のところスマホにうるさく言われなくても学業に支障は無いらしい。
「スマホ代を自分で払うのは少し経済的に厳しいですがね、それでも好きに使えるというだけでも十分元は取れていると思ってますよ」
そう言って話を締めくくった。彼女には現在恋人がいるそうだが、封印しているとはいえ、あのスマホのある部屋に彼氏を連れてはいる気になれず、未だ一度も部屋に上げたことは無いそうだ。