風船
「昔、曾祖父がなくなったときの話です。大した話ではないのですが……」
そう言って谷口さんはその時の不思議な体験を語ってくれた。
当時はまだ小さかったですからね、人が死ぬというのがどういうことなのかは分かっていなかったんです。だからアレに何の疑問も持たなかったんでしょうね。
思えば、病室で親戚が大勢集まって泣いている場面からしか覚えていないんです。まだ小学校にも通わない歳だったからとも言えますが、曾祖父にかわいがられた記憶というものが無いんですね。小学校に入ってしばらくしてから、玄孫が生まれて大層喜んでいたと祖母から聞きましたがね。
ただ、そう言われた記憶は残っていても具体的にかわいがられた記憶は無いんです。
葬儀の間は家族が悲しそうにしていて、なんだか触れてはならない雰囲気を出していることは分かったんです。だから黙っていたんですよね。当時でも悲しくはなかったですが、悲しそうにするべきだということはなんとなく感じたので湿っぽい顔をしながら祭壇に写真として映っている曾祖父を見ていました。
曾祖父も年が年だったので大往生だと言われていましたね、後から具体的な年を聞いたのですが百を超えて割とすぐのことだったそうです。年齢が三桁になるというのは当時ではかなり珍しいことでしたからね、葬儀に集まった人たちの中には軽口を叩く程度にはそういう儀式に慣れてしまった人もいましたね。
そこまではいたって普通の当時の葬儀でした。問題は斎場で起きたんです。
「何があったんですか?」
本当に大したことではないんですがね、当時お骨を納めているときだけは部屋から出されて待たされていたんです。すると視線を感じて窓を覗くと、葬儀の時によく見た写真にそっくりの顔が窓から見えたんです。そこから少し記憶が飛んでいるのですが、母の談によると私は奇妙なものを見たそうです。
母は『何を見てるの?』と優しく聞いたところ、私は『風船!』と答えたそうです。『あら、珍しいものを見たのね』母も斎場で風船が飛ぶのはおかしいと思ったそうですが、話を合わせてくれたそうです。
『どんな風船が見えたのかな?』と聞かれたので『写真の人!』と答えたらしいんです。流石に母もびっくりしたそうですが、『そっか、おじいちゃんもあなたと別れるのが悲しいのかな?』と訊くと『分かんない、ニコニコした顔で飛んでる』と答えたそうです。私の様子を見ていた母は、私の視線がどんどん上の方を見るようになっていき、手を振ったところで手を引いて戻したそうです。それからようやく私は曾祖父とお別れをしました。
結局、アレがなんだったのかは分かりません。ただそれだけなのですが、こんな話で良かったのでしょうか?
私は「お話ありがとうございます。とても参考になりました」と答えた。人魂を見たという経験はそこそこ聞くが、顔の写った風船を聞いたのは初めてだった。