健康になった理由
湊さんは一昔前、まだ彼女が大好きだったおばあちゃんが存命だった頃、田舎に遊びに行ったときに奇妙な体験をしたという。
「当時はね、なんとも思ってなかったんですが、行く度に歓迎してもらえてとてもいいおばあちゃんをしていたと思いますよ。でもね、一つ奇妙なことがありまして……」
それから湊さんが田舎で起きた奇妙なできごとを語ってくれた。
「小さい頃から都心に住んでいたんですが、今でこそマシになりましたが当時はぜんそくになって当たり前と思うほど空気が酷かったんです。おかげで子供の頃にぜんそくを患ったんです。画期的な治療薬みたいなものもないので夏休みの間は空気が綺麗な田舎に住んでいるおばあちゃんのところで過ごすことになったんです」
まだ排ガス規制が甘々で光化学スモッグなどが日常的にあった時代の話だそうだ。
おばあちゃんちにつくと早速歓迎をしてもらえたんですよ、といっても贅沢にも限度があるので唐揚げが出されたくらいでしたがね。私は久しぶりに綺麗な空気を吸って気分よく唐揚げを食べたんです。当時は鶏肉でも安くはなかったのでそれなりに気前が良かったのだと思っていました。
その晩は鶏肉の入った水炊きでした。後になって知ったのですがあの鶏肉は買ったものではなく、家で飼っている鶏を締めたものだと知りました。それが悪いとはいいませんがね、人間生きていくには食べないとならないので、おじいちゃんが私を歓迎して一つの命を食べさせてくれたのだと思います。
それで田舎はおばあちゃんとおじいちゃんの二人暮らしでした、ですから二人とも食べる量は必然として少ないわけですよ。となると私がメインで食べることになるじゃないですか。しかし小学生の小さい子が食べられる量に限度がありますからね、どうしてもしばらく同じ肉料理が続いたんです。もちろん美味しかったので不満は無かったんですよ。
それから時々おじいちゃんが釣ってきた魚をおばあちゃんが調理したものを出されたりと、中には多少苦手なものもありましたけど全部食べきりました。そうして穏やかに空気の綺麗な田舎生活を送ったんです。
そのおかげなんでしょうかね、夏休みが終わる頃には体力がしっかりついて、惜しまれながら都心に帰ったんです。体力がついたせいかぜんそくに悩まされることもなくなって「やはり田舎に行かせてよかった」と家族が納得してくれたんです。
それからは普通の学校生活を送ったんです。祖父と祖母は一緒に電話を時々かけてくれましたよ。不思議なことに両親があれだけ良かったと言っていたおばあちゃんとおじいちゃんの所へ行かせてくれなかったんです。だから二人が亡くなったときに葬儀場に行ったのが次に田舎まで行った機会になりました。
詳しいことは教えてもらえませんでしたが、二人そろって何かの理由で同じ日になくなったと聞きました。大泣きしながら葬儀場に行ったんですがね、二人の棺を見たときに驚きに声を上げそうになりました。
棺のまわりに半透明な小動物が大量にいたんです。よく見ると食用の動物ばかりでしたね。そこで食べたものに恨まれたのかと思ったんですが、今までそんな話は聞いたことがないんですよ。自然界で肉食動物が呪われたなんて話は聞きませんからね。
何故そんなことになっていたのかを知ったのはかなり後になってのことです。放置されていた田舎の家をついに取り壊して更地を駐車場にしてしまってから父から聞かされたんです。
「もうあの家もなくなったから教えておくが、お前、親父とお袋の葬式は覚えているか?」
父は忌々しいものを思い出すように私に訊いてきました。もちろん覚えていると答えました、見えていたもののことは言いませんでしたが。
「なら何か見えたんじゃないか? まあいい、それよりお前はおばあちゃん子だったからな、あの家でお袋が何をしたのかは知っておけ」
そう言ってから私があの家に行けなかった理由を教えてくれました。どうやらおばあちゃんは私にお肉を食べさせてくれましたが、あのお肉は余り物だったそうなんです。
「余り物ですか? 誰かの食べきれなかった分という意味でしょうか?」
私の問いに彼女は首を振った。
「いえ、おばあちゃんは小動物をおじいちゃんと一緒になって生きている状態で仕入れてから、その土地土着の何かとしか訊かなかったのですが、それに捧げていたそうなんです。ソレに供えた余りを三人で食べていたそうなんです。結構な数を締めたそうです。子供の頃は年齢を考えて話さなかったが、知っておいてやってくれと言うことで教えられました。二人が一緒に亡くなったのも明言はしませんでしたがそれが関係しているそうです」
そう言ってうつむくがすぐに顔を上げて笑顔になった。
「それでも私はすっかり健康になったので感謝をしながら生きていこうと思っていますよ」
過去のことはもう割り切ったらしい。彼女の目には少し涙が浮かんでいたが、懐かしい話をしたので是非私に覚えておいて欲しいのだと言われた。その通りに私はしっかり覚えているが、結局二人が生贄を捧げた相手がなんだったのかは杳として知れなかった。