限界酒
川田さんは事故物件に住んでいる。しかし今は悩まされることも無く、安い家賃で住み続けているらしい。その事について伺った。
「事故物件というのは何があった物件なのでしょうか?」
それに対する川田さんの言葉は『知らん』の一言だった。
「なんかあったらしいと聞いたし、それが浴槽の中で起きたことだとは効いているが、なにが起きたかなんて知らんよ。あれだ、ヒートショックでもあったんじゃないかな? もっとも、浴室と脱衣場が暖房完備なのでそんなことが起きるかどうかは怪しいがな」
「それで、何か起きたことがあるんでしょうか?」
その質問に川田さんは渋い顔をして答える。
「はじめは匂いだったんだ。とにかく風呂が臭い。湯が臭いんじゃないんだ、風呂場に満ちた食う気が臭いんだよ。おかしいだろ? どれだけ掃除をしようと、皮膚に付くと危ないような洗剤だって使って掃除を死んだ。それでも臭い物は臭い。かなわなかったな」
しかし、彼を紹介してくれた人によると、今は快適に過ごしているそうなので何かをしたのだろう。
「それからは髪の毛だよ。俺は湯船に浸かってじっくり疲れを取りたいんだがな、綺麗に洗った浴槽にお湯を張ったら髪の毛が浮いてるんだよ。気持ち悪いったらないだろ? それで仕方なく神主や住職を呼んで手当たり次第お祓いを頼んだんだよ」
「なるほど、お祓いで解決したんですか」
お祓いであっさり解決したというのは少し味気ないが仕方ないだろう。
「いや、解決しなかったぞ」
「え?」
私は思わず声を上げてしまった。そんなことがあるのだろうか? 失礼だが川田さんは除霊が出来るような人にはとても見えない。
「一体どうやって解決したんですか?」
「晩飯だよ」
私の顔は多分疑問を隠していなかった。夕食で解決する幽霊と葉なんだろうか?
「ええっと……どうやって解決したんでしょうか?」
「ああ、その日な……冷や奴を食べようとしたんだが醤油差しに醤油が入ってなかったんだ。そこでキッチンの棚から醤油のパックを取りに行ったんだ。そこで醤油の隣に料理酒が並んでいるのを見たんだよ。分かると思うが料理酒はそのまま飲むように出来ていないから安いだろ? それで幽霊を清酒で除霊することがあるという話を聞いたことがあったんだ。その時はどこまで本当かは分からなかったがな」
「つまり……」
「そう、次の日スーパーに車を飛ばして万札が一枚飛ぶまで料理酒を買ったよ。それでも神主や住職を呼ぶより安いんだからな」
「それで、どうやったのでしょう?」
「ああ、浴槽に大量の料理酒を貯めて、栓を外したんだ。一気に料理酒が流れていって、その時に女の『キエエエエ』という声が聞こえたよ。それ以来髪の毛も匂いもすっかり無くなったな。料理酒の酒税が安いのは本当にありがたいことだよ」
そう言って川田さんは注文していた酒をあおった。
「酒は身体に悪いとか言ってる連中もいるが、人間死ぬときゃ死ぬんだよ、あの幽霊だって最後にたっぷり酒が飲めて満足したんじゃないか? もっとも、料理酒なんで美味しくはないだろうがな」
そう言い、ガハハと笑う川田さん。幽霊だからと言って、人間が無条件に諦めるわけでもないのだと感慨深い話だった。




