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お金が必要な理由

「いやね、この取材を受けたのも金目当てなんすよ。本当お金がないとやっていけませんので」


 そうあけすけに言う柳川さんは、自分は悪霊に取り憑かれているのだと言った。私はその時点で謝礼を払って帰ろうかとも思ったのだが、呼び出してしまった以上話を聞くのが礼儀だろう。一応お話を聞くことにした。


「時折お金目当ての方はいますがね、今日は怪談を伺いに来たのですが」


「ああ、安心してください、きちんと怪談ですから」


 そう言って柳川さんは、何故金が必要なのかということと、怪現象について語り始めた。


 いやね、始めは軽い気持ちだったんですよ。ほら、動画配信サービスってあるじゃないですか? 私もいくつかに登録していたんですがね、いまいち数字が伸びなかったんですよ。


 そう言ってから一つため息を吐いて続きを話した。


 それでですね、ちょうどこのあたりに後継者がいないので閉鎖された病院があったのを思いだしたんです。入院患者はきちんと全員別の病院に行ったそうですが、やはり不気味なものを感じたので、スマホのカメラを回しながら軽く見てみようと思ったんですよ。


「それが間違いでした」そう言って彼は瞳に恐怖を見せながら続きを話す。


 言ってみれば綺麗なものなんですよ。よくよく考えてみれば閉鎖したのがせいぜい数ヶ月前ですからね、いくら人の手が入らないとはいえ、しっかりした作りの病院がそんなに一気に廃墟になったりはしませんよね。それで期待外れながらも、病院の前でスマホを取り出して配信をはじめたんですよ。


 リスナーから入ってと投げ銭付きで言われましてね、良くないことだとは思ってもいるんですが、動画配信者として投げ銭までもらったのに無視するわけにもいかないじゃないですか? それで正面玄関の引き戸に手をかけたんですよ。これできちんと閉鎖されていれば、器物損壊をするわけには行かないと言い訳が聞きますからね。それでドアを掴んで軽く引いてみたんです。そうしたら簡単に開いてしまったんですよ。


 どうせ閉まってるだろうと思って安易に開けてしまったのでドアが開いたところがもう放送に流れてしまいまして、開いているのに入らないわけにもいかなくなったんですよ。仕方ないのでLEDフラッシュライトを光らせながら中に入ったんです。


 いえ、その病院の中では何も起きませんでしたよ。あくまで開いていたのは玄関だけで、入ってしまえばまず関係者の入るところは軒並み閉鎖されていましたね。『よかった、これでリスナーにも言い訳が立つ』と思いながら、一通り閉まったドアを映しながら何事も無かったかのように病院を後にしたんです。ほとんど閉鎖されていたとはいえ、実際に廃病院に入ったということでそれなりに数字は稼げましたね。そこまででした。


 その晩寝苦しくって目が覚めたんです。真っ暗な部屋の中で、暗くしているはずなのに闇そのもののような人間がいるのは理解出来ました。ああ、この世のものじゃないんだなと直感で理解しました。


 その影は金縛り状態のままの私を放っておいて、夜に飲んだビール缶を舐めていましたね。もちろん飲んだ後なので中身はありません。それに腹を立てたのか、ポイッと缶を投げて影は消えました。それが数日間続いたんですよ。


 そこで私は盛り塩をしてみようかと思いました。スーパーで塩を一袋買って部屋の隅に丼に一杯ずつ盛りましたよ。量の加減は知りませんがね、アレだけ入れれば効果もあるだろうと思ったんです。


 お察しの通りダメでしたね。しかし盛り塩はしっかりと一晩で溶けてドロドロになっていました。明らかに変わっているのでそれなりに意味はあるのだろうと思いました。しかし塩だけではどうしようもないので、私も自棄になって、そんなに飲みたけりゃ好きなだけ飲ませてやると、スーパーに行って日本酒を一升買ったんですよ。そしてそれを部屋の中にあるテーブルの上に置いたんです。


 次の日、夜中に金縛りに遭うこともなく、スッキリとした目覚めを体験出来ました。よく寝るとはこういう事なんだなと感動さえしたくらいですよ。


「ただ、ですね……」それからもう少しだけ柳川さんはその後の話をしてくれた。


 日本酒の瓶は一升瓶を買ったはずなのにすっかり空になっていました。盛り塩の方も全てドロドロですよ。これで成仏してくれたならいいのにと思って、その日は寝たんです。やはり夜中に金縛りに遭うんですね。その影は私の脇に立って、何も言わずに私を覗き込んでいました。何か声を出したわけではないのですが、「酒が欲しいんだな」と何故か頭の中で理解出来たんですよ。


 それから、です。塩の方は工業用の塩化ナトリウムを買えば盛り塩にするには十分すぎるほどの塩の量が安く買えました。しかし酒の方は毎日一升必要なようですね。それで毎日仕方なく会社からの帰宅時に格安スーパーで酒を買い込む生活が始まりました。


「だからお金が少しでも必要なんですよ、幽霊もアル中ならえり好みしなければいいのに、極端に安いヤツだと不満そうに私が寝ている顔を覗き込むんですよ」


 そうして柳川さんは話を終えた。どうやら幽霊の世界にもアル中という概念があるようだ。あるいは生前にアル中で体を壊した人の霊かもしれないが、とにかく味にはうるさいそうだ。


 私はスマホを取り出して通販サイトを開き、どのような酒をその幽霊が飲んでいるのか訊ねてから、その一升瓶に本文の謝礼を置いてから話を終えた。


 引っ越せばいいんじゃないかとは思うものの、『引っ越し先までついてきたらいよいよ逃げ場がなくなる』というわけで幽霊と根比べをしているらしい。私は「頑張ってください」としか言えず、その話は終わったのだった。

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