家の下には……
Dさんは老後と呼べる時期になってきたので田舎に引っ込んで平穏な生活をすることにした。その時の話を伺った。
「私ももう耄碌してきましてなあ……後は年金で生活出来るので思いきって退社をして田舎でスローライフを送ろうと思ったんですよ」
そういう人が居るのは分かっている。今ではFIREなどと言って早期退職を勧めるようなものがあるが、Dさんの場合はしっかり年を取っての老後だった。
「それでほどよい田舎で暮らしやすそうなところを探したんですよ。流石に秘境のような地は老体には厳しいですしな」
そう決めたら早速不動産会社を通して各地の掘り出し物を探すように頼んだ。しばし待った後、おすすめの物件が出てきたと連絡があった。昨今は不動産絡みのトラブルがあるので現地を見てからの契約となった。日程を調整して、都心から電車でしばらくかけたところのそれなりに田舎と読んでいい場所に着いた。
そこは長閑な場所だった。道を歩いていると、明らかなよそ者の自分にも挨拶をしてくれる。なかなか人も良い環境のようだ。
こんな場所で退職後を過ごすのも悪くない、まだ家屋も見ていないのにそう思えるような場所だった。
不動産屋に鍵は借りているので勝手に見てくれと言われたとおり、古民家に着いたら鍵を開けて中に入る。古民家というので不便なのかと思ったが、不動産屋から借りた鍵もディンプルキーで、中にも見えづらいように多くのコンセントが付いていた。また、古民家と言いつつ洗濯機置き場やシーリングライトまでついていた。
「古民家か……」
そう呟いてみたが、独身の老後には便利な方がいいので見た目だけ古民家というのはいいかも知れないと思っていた。話によると、見た目は古いがガタついているような場所は無いし、雨漏り等の問題は起きないように見た目を残したままリフォームをしているので心配不要ということだった。どこまで改築したのかは分からないが、少なくとも自分が死ぬまでは問題が起きないであろうくらいに設備が整っていた。
結局、Dさんはその家を買うことに決めて、会社がちょうど退職金割り増しで募っていた早期退職をした。退職金でその家を買って引き渡しが終わり次第引っ越した。
Dさんはそこで第二の人生を送ることにしたのだが、住み始めて変なことがいくつか起きた。
寝ている間にキイキイと家鳴りの音がする。リフォームの影響だろうかと思い眠い目を擦って身体を起こして窓の外を見た。縁側に白装束を着た女性が座っていた。誰かが入ってきた? と思い、田舎だからとセキュリティに甘かっただろうかと縁側に出てみた。そこには誰もいない。ただ縁側がそこにあるだけだった。
キツネにつままれたような気分でその日は寝直したのだが、次の日から家の中に子供から老人まで人影を見るようになった。誰かと思いながらそこに行くと誰もいない。そんなことが続いていた。
ある日、庭の手入れをしようと木の剪定をしに庭に出た。そこで石に躓いて転んでしまった。早期退職なのでまだ転んだだけで寝たきりになるような年でもない。だから自分を転ばせた石を見たのだが、何故かその石は角が立っていた。いや、そういう石があるのは珍しくないのだが、なんとなく気になってその石を掘り出そうとした。
スコップを持ってきて石をてこの原理で持ち上げようとしたのだが、カンと音を立ててスコップが止まった。どうやら随分と大きなものらしい。慎重に石のまわりの土をどけていくと、出てきたのはかなり古いであろうが墓石だった。
慌てて不動産屋に電話をして詰めると、その家の事情を話した。
どうやらそこは昔寺があった土地で、跡取りのいなくなった寺が無くなるということで、全部を埋めて今の古民家風の家を建てたと言った。腹は立ったものの、今ここが住みやすいことは事実だ。そこでDさんは貯金からいくらかを出して元あった寺と同じ宗派の住職を呼んでその家の供養をしてもらい、庭の隅に小さな祠を建てた。それでその家で起きていた怪異はピタリと止まったそうだ。
「毎日祠にお供えをするのは手間ですけどね、基本的にいい場所なんですよ。こうしてこんなお話が出来るくらいには交通の便もいいですしね」
彼は未だにその家に住んでいる。住めば都ということばはどうやら本当らしい。彼は本心から平穏な暮らしをしているらしい。