便利な悪霊
「実はですね、私って悪霊に取り憑かれているんです」
話をしてくれるということで、早速聞きに言った私はいきなり佳奈子さんかそう告げられた。
「悪霊……ですか。それはさぞお困りでしょう」
月並みな話だが、悪霊と言われても私にそれを払う力などない。だから同情したのだが、佳奈子さんは首を静かに振った。
「いえ、別に困ったりはしてないんですよ。むしろこの悪霊のおかげで助かっているくらいですね」
思わぬ返答にたじろいだが、私は回答の意図を聞くことにした。
「始まりは高校でしたかね、いやな奴らがたくさんいたんですよ。私はそいつらと対立していて一触即発って雰囲気だったんですよね。まあこちらは一人なので正面切って喧嘩なんてしよう者なら負けるわけですが」
なんだかよく分からない話になってきたので続きを促した。
その頃体調を崩しまして、両親は病院をはしごしたのですが、私の不調の原因が分からなかったんですよ。それで父は反対していましたが、霊能力者に見てもらおうと言うことになったんですね。
「なるほど、それで悪霊に取り憑かれているのが分かったと」
「それはそうなんですけどね」と言ってから、その霊能者に言われたことを話してくれた。
その霊能者なんですがね、私たちが行くなり玄関に立っていて『帰ってくれ、それは私ではどうにもならん』と言いまして、取りつく島もなかったんです。匙を投げられたといってもいいですね。ロクに話をしてくれませんでしたが、一つ分かったのは『その悪霊は誰でもいいから襲いかかる邪悪なものだ』と言っていたんですね。もう巻き込まれたくないのがよく分かりましたよ。
それで帰宅をしたのですが、その霊能者の言葉を反芻していたんですね。『誰でもいいから』襲いかかってくる、霊能者はそう言ったわけです。そこで私は誰でもいいなら私に嫌がらせをしている連中でも良いのでは無いかと思いまして。
なんとなく話が見えてきた。確かにコレは大っぴらに話すないようでもないようだ。
とりあえず私はクラスみんなで行った学校の研修の写真を取りだしたんです。まあ研修とは名ばかりでほとんどみんな遊んでましたからね。休む人はいなくって、ほとんどみんながそれ目当てに参加していたんですよ。もちろんそのグループもね。
少し佳奈子さんの口角が上がっている。私は少しだけゾッとした。
それで、丁度いいので悪霊に、『襲うならコイツらにしてください』と私と対立している連中の顔を丸で囲って念じたんですね。それはもう翌日には効果が出ました。
その翌日には佳奈子さんの敵だったグループが全員体調不良を理由に休んでいたそうだ。
ハッキリ言えば、コレは便利だなと思いましたよ。悪霊をとばせばいくらでも相手に嫌がらせが出来るんですからね。それ以降はいやなヤツを悪霊に襲わせていましたよ。あの霊能者の言葉は本当だったらしく、悪霊を私以外に差し向けだしてからすっかり私の霊障のようなものは消えましたね。
でも……と区切って佳奈子さんは言葉を放った。
「まあ、おかげで誰かを呪い続けないとならなくなっちゃったんですがね」
しかし、このご時世だ。佳奈子さんは呪う相手には不自由していないという。どうしてもいないときにはネットを探して自分の気に食わないヤツに悪霊をとばすそうだ。ネット上ならいくらでも敵は見つかるからとても便利なのだそうだ。
「証拠が何一つ残りませんし、就職してからすっかり快適な職場になりましたよ」
そう言って笑う佳奈子さんは、私に自分の本名を出さないように念を押してから席を立った。私は声をかけようかとも思ったのだが、彼女の背後に黒い靄のようなものがまとわりついていたのでなんとなくそれを言うことはできなかった。
結局、あれが悪霊なのか、あるいは今まで呪ってきた相手の恨みなのかは聞くことが出来なかった。




