旅行先の井戸
Zさんは大学の休暇に友人と旅行に行っていた。その時に体験した話を教えてくれるそうだ。
「下調べって大切ですよねえ……そういう事前の準備をサボると酷い目に遭うんですよ」
そう語るZさんはどこか寂しそうだ。それは友人数人と免許を取った記念に旅行に出たときのことらしい。
「たまたま旅慣れた友人がいたのでその子の案内で新しい旅行先を開拓しようということになったんです。とは言っても、その子以外旅慣れている子なんていなかったのでその子の案内が全てだったんですけどね」
そうして旅行に出たとき、鉄道ではなく自動車でと言うことで数人がテンション上がったりもしていました。修学旅行で使ったのは飛行機で、それまで自動車でで旅行をしたことのない子もいましたからね。海外に行った子だって使ったのは飛行機ですからね。仲間内で自動車だけで出かけるのは初めてという子もいたのでそれなりに盛り上がったんですよ。
そうして着いたのは日本海が見える絶景の旅館だった。早速チェックインをして皆であそこがここがと翌日に行く観光地をワイワイと相談していた。Zさん含め、案内してくれた子以外は下調べもしていなかったので旅行誌を見て楽しそうにしていた。
「そこまでは楽しかったんですがねえ……」
一人が『子供の声がしない?』なんて言うんですよ。子供なんて泊まってないって分かっているはずなのにね。夏休みとは微妙に時期がずれていますし、長期休暇と被らないように調整して、平日にしたんですよ? わざわざ騒がしくて高い時期を避けたのにそんな時に被るわけないじゃないですか。ただ、その子はしきりに『なんか子供たちが遊んでない?』なんて言うんですよ。
いい加減不気味になったので『はいはい』と流してみんなで温泉に入りながら明日の予定をワイワイ決めたんです。そうして景色を楽しんでから部屋に戻ってきたんですけど、静かになったなと思ったらその子がいないんですよ、さっき子供の声が聞こえるなんて言っていただけに皆不穏な想像がよぎって旅館の人にも頼んだんです。そうしたら従業員さんが顔を青くして走って行ったんです。
心当たりがあるようだったので私たちもそれに続いたんです。その先は中庭になっているところでした。そこの桶が固定されてオブジェと化している井戸の前にその小型っているんです。それで今にも飛び込みそうだったので全員で身体を引っ張りました。すごい力で井戸の方に行こうとするので必死に引き剥がしましたよ。
それから平謝りする旅館の人に聞いたんですが、そこは元墓地だったそうなんですよ。先代が建てたので、どうしてそんな所を選んだのかは分かりませんが、時折感受性の強い人が引っ張られるそうです。旅館の人の証言を信じるならその井戸に飛び込んだ人はまだいないそうですが……私たちは宿代をタダにしてもらう代わりに穏便に済ませてもらうことになってその旅行からは帰りました。
一応約束なので旅館が特定出来ないように話していますけど、それからなんだか皆の心が離れたような気がするんです。それきり皆で遊んだことはないんですよね……多分もうあの面子がそろうことはないんだと思います。やはり下調べくらいはしておいた方がいいんでしょうね。
Zさんの話は以上だ。墓地の上に旅館を建てた理由は不明だが、それなりにそこは繁盛していたらしい。なお、彼女の希望によりこの記録には大いに嘘が意図的に混ぜられていることを理解して欲しい。




