落ちたPC
Wさんは事務処理で残業をしていた。忙しい時期に駆け込みで頼まれ事があるのでうんざりしていた。彼女は一人悪態をつきながら業務をこなしていた。
ずっとPCに向かっていると頭痛がしてきたので、頭痛薬を一錠飲んで無理をして続けた。こんなものを急ぐ必要は無い、そうだと分かっていても先延ばしにすれば明日が辛くなるだけだ。我慢してこのくだらない仕事をやっていた。
ようやく終わリが見えてきて、なんとか終わりそうだと思ったところで会計ソフトが落ちた。保存したのは数時間前、自動バックアップは無い。
絶望した気分になりながら仕方なくやり直していった。同じ事を二回やると言うのは苦痛以外の何ものでもない。こまめに保存しながら一度やった処理を続けていく。
そうして終わったところでもう終電は過ぎていた。
「分かりますか? 人を増やせってどれだけ言っても聞かないのにこんな時間まで働かせるんですよ? まったく、経営者ってのはよく分からないですよ」
そう愚痴を吐いてから彼女は続きを話した。
タイムカードをつけて嫌気がさしながらも他が見つかるかと言えばまた別なので渋々明日も出社するのだろう事が嫌になりつつ帰り道を歩いていた。
そうしてしばし歩いて行ったところで、なんだか道の先に赤い光が見えた。なんだろうと思いそちらに行ってみると、救急車とパトカー、そして大量の野次馬が集っていた。
その場にはぐちゃぐちゃに潰れた車と、大型車があり、一目見てこれは助からないんじゃ亡いかなと思った。そんなことを考えながら見ていると、野次馬の一人が話しかけてきた。いかにも噂好きの叔母さんといったような人だ。
「いやね……どうして事故なんてしちゃうのかしら……なんでも飲酒運転らしいわよ」
嫌な気分になりつつそれをできるだけ見ないようにして帰宅を急いだ。なんとなく嫌なものを見てしまったという気が先立ってしまう。
帰宅するとシャワーを浴びてさっさとベッドに飛び込んだ。普段ならすぐに寝付いてしまうはずなのだが、何故か考えがグルグルと回っていった。
スマートフォンを取りだし、さっき見た事件について調べる。アレだけの大きな事故ならちょっとした情報くらい見つかるかもしれない。そう思いニュース速報を載せているサイトを見た。
そこには事故のあらましが書かれていたのだが、最後の方まで読んでゾッとした。その事故が起きた時間はPCが落ちた時間の直後だったのだ。つまりいつも通りに帰っていればアレに巻き込まれた可能性もある。
あれほど嫌だった残業のせいで事故が回避出来たというのは皮肉なものだと思いつつ、そこでようやく意識がブラックアウトした。
翌日、清々しい朝でなんだか気分も悪くなかった。そのまま軽い食事をして会社に向かった。
その途中、昨日事故があったところに花束が供えてあるのを見て、PCが恩返し手もしてくれたのかという益体もない考えを浮かべながら日常生活に戻った。
「どうです? これって偶然だと思いますか?」
事のあらましを語るWさんにどんな言葉をかけるべきか分からなかった。それからPCが早々落ちないようなスペックのものに更新されるまで、それなりにPCには優しく扱うことを心がけていたそうだ。