下山者たち
海東さんのさんの故郷では、昔から山から下りてくる人がいるそうだ。もちろん登っている様子など無い、山の中の地縛霊である幽霊だ。
「幽霊つっても別に大したことはないんですがね」
その幽霊は冬が近くなると集団で下りてきて町に散っていくらしい。彼曰く、幽霊でも寒さには弱いのではないかということだ。しかし話によると適切な対応をすれば害は無いらしい。
「登山で死んだやつの幽霊は出ないみたいなんですよね。出てくるのは地元の者で足を滑らせたとかそう言う死ぬとは思っていなかった連中が死んだことが分からないのか出てくるんです。大した相手じゃ無いんですけどね。お盆みたいなもので、仏壇にお供えをしておけば自分たちの家で山の仲でなくなった人の霊はそこに来ますから慰霊がされていると何の害も無いんですよ」
「幽霊とはどのような姿で出てくるのでしょうか? それほど難しくないのかもしれませんが怖かったりはしないんですか?」
私の質問に海東さんは笑った。
「面白いこと言いますね、実家で無茶をして死んだやつの幽霊が蠱惑なんてないですよ。せめて軍事訓練に使われるほど過酷な山だったら違うのかもしれませんが、ただの少しだけ高い山ですから。なんなら小学校の高学年になると安全なルートを使って遠足がありますよ。死んだってヤツは大抵その整備された道を使わない人たちですから、自分たちも恥を知れって話ですよ。わざわざ危ないところにいって死んでは実家に出るって迷惑じゃないですか?」
「え……ええまあ」
ハッキリ迷惑と言っていいのだろうか? 確かにそう言った様子はあまり想像したくないな。
問題はしばらく経つと身内だった家庭が都会に出て行って空き家が増えるんです。空き家には幽霊が出ても何の供養もされませんし、少し気の毒ですが知らないって話です。私ですか? ああ、きちんと盆と彼岸には読経をお願いしていますよ。
ただですね、空き家問題は深刻でして、空き家の前をウロウロする登山者を見たと言う目撃例がよく出始めたんですよ。
これには市役所全員が頭を悩ませました。そこでふと、その山には霊が集まると言われている滝があるのを思い出しました。私はなんとなくその事で解決に繋がらないかと提案をしてみたんです。そうしたら、『そこで供養をやって見るか』という話になったので、手配をしていたんです。
問題は供養にお金をかけられないということなんです。仕方がないので予算いっぱいに甲類焼酎の四リットルペットボトルを買って担当皆で登山をして、その地点に酒のボトルを置いて帰ったんです。お経はまったく知りませんからただ酒を置いただけです。
ただ、何故かこれが効果てきめんで、酒を供えだして以来幽霊が山を下りることはなくなったんです。ちなみに誰も片付けていないのに翌年そこに行くとペットボトルは空になっているそうです。
事の顛末としてはこんな感じなんですが、酒で例外なく鳴っているのではなく、幽霊が酒を飲むので町まで下りるのをめんどくさがっているんじゃないかと思いますよ。結構な量を供えていても翌年には消えるそうですから。
贅沢を言えば個人で買う人は珍しいのだから四リットルボトルをもう少し安くして欲しいと思いますね、悩みと言えば最近の値上げですよ。
自嘲気味に笑う海東さん。幽霊たちが満足しているならいいじゃないかと、思ったのだが、そこで死んだ人がいるのだろうと思い、口まででかかったその言葉は飲み込んだ。