演説
Kさんは音声配信にハマっていた。なんとなく始めたと言うが、すぐに定期リスナーがつき、それなりの規模で配信をしていたという。そんな彼女が配信をやめた理由の話だ。
「まさかあんなことになるとはね……ネットって怖いものですねえ……」
そう語るKさん。彼女には配信の度に来てくれル固定リスナーがいた。自治のようなことをするでもなく、ただ話を聞きに来てくれるだけのいい相手だった。
ソレまでは普通にいい人だなって思ってたんですがね……いや、いい人ではあるんでしょうがちょっとアレはね……
歯切れも悪く語るKさん、一体何があったのだろうか?
始めに音声配信を始めたのは顔出しが怖かったからですね。どんな人が見るかも分からないですし、かといってアバターをつけようにもママだのパパだのの伝手がまったくありませんから音声だけでやるしかないんですよ。せめて3Dのモデルを作ってもらえたらなあ……って思いながら初配信をしたんです。
誰も来ないなーと思いながらグダグダな配信をしていたらPさんって人が来まして、特に発言権を欲しがるわけでもないので聞くだけの人かなって思って一人配信をしたんです。それで配信が終わったらそのアーカイブにいいねが付いたんです。そりゃあ承認欲求が満たされましたよ。だからどんどん音声配信の沼にはまっていきました。
機材はコンデンサーマイクは当然で、スマホ用のポタアンとかオーディオインターフェースとか、いろんなものを買いました。あの時の私は経済を回していましたね、ソレはともかく、配信は順調に人が増えていったんですよ。
休みの前には深夜から早朝まで延々配信をすることもありました。なんとPさんはそれに全部ついてきてくれたんですよ。いい人だなって思ったんです。こういうリスナーを大事にしなきゃとも思いました。
夏にさしかかった頃でした、夏休みということで配信をガッツリ出来るなと私は楽しみにしながら家に帰ってスマホを機材に繋げて配信を始めました。すぐにPさんが来ていつもの面子もポツポツ集まりだして、それなりに大勢集まった配信になりました。ただ、その時は何故かPさんが音声権限を要求してきたんです。まあこの人毎回来てくれるしいいでしょと思って許可を出したんです。
彼女はごく普通の人で、ネカマでもなんでもない女の子らしき声が聞こえました。私はいい声だなーなんて思いながら話を聞いていたんです。その時、演説をしている選挙カーが近くを走ったんです。ミュートにする間もなく急に来たのでガッツリ配信に演説が乗りました。でもそんなことより何より私が怖かったのは、Pさんの回線からもまったく同じ声が漏れ聞こえてきたんです。今家には私一人です。そう考えると近所の人か……あるいは家の中にいるか……
怖くなって配信を打ち切りました。それからアカウントを作り直してPさんを真っ先にブロックして配信を続けています。出来れば聞いている人の中にPさんが居ないことを祈るばかりですね。
そう言って彼女は話を終える。これは怪談なのだろうか? あるいは不気味な何かなのかもしれない。とにかく彼女はそんな体験をしたというのにめげずに配信を続けているそうだ。彼女の配信が健やかであることを願って取材を終えた。