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ブラック企業の社史

 Gさんは就職難の時になんとかブラック企業に滑り込んだ。その時はいずれ転職などと考えていたらしいのだが、勤務時間の長さなどから転職活動もままならなかったそうだ。


「しかし、残業はバカみたいにありましたけど、残業代は出たんですよ。ま、使えないお金なんて意味が無いんですけどね」


 そうして彼がその会社を退職するに至った理由を話してくれた。


 始めは時代が時代なので企業のホームページを作ってくれなんていういつもの無茶振りから始まった。上はそんなもの簡単に作れるだろうくらいに思っており、タイピングが早いからというだけの理由で作ってくれと頼まれたんです。


 いちおう基礎は知っているのですけど、逆に言えば基礎的なことしか知らないんですよ。だから無茶だって言いたいんですが、簡単にクビにするような社風だったので断ることもできず、HTMLの書き方を書いた本を買って、それを片手にめくりながら少しずつ作っていったんです。ああ、もちろん通常業務の傍らにですよ。なんでもやらせる超人なんていないということが理解出来ない人たちが上にいたんでしょうね。


 嘘八百を並べ立てている自覚はありました。どこも多かれ少なかれホームページなんて盛ってるものと思いながらも、流石に盛りすぎではないかと思うようなクリーンな内容を書かされました。アレを見てその会社に入ってくる人がいたら気の毒だなあなんて思ってました。


 そんなことを言っても書いているのは私なんですから人のせいにもできないんですけどね。そんな後ろめたさを感じながらモックを作ったんです。あとは会社の沿革を書くくらいでした。もらっていた史料を漁りながら書いていったんです。もちろん当然のように妄想かと思うほどの歴史がそこには書かれていました。


 しかしね、問題はそんなことでは無いんですよ。その会社にはろくに説明もされず入社したのですが、その頃は就職氷河期で、とにかく数を受けることに必死でした。だからろくに調べもせず入社を決めた私も悪かったとは思います。ただ入れればどこでも良いという時代だったということです。


 それで社史を作っていたのですが、参考資料の中には歴代社長の写真というものが入っていました。それをデジタルデータにしながら載せていくのは面倒な作業でした。写真をまとめて並べ、スキャナーでスキャンして一人一人の部分をトリミングしていくことにしました。それで写真をスキャナにセットしてスキャンを開始したら、お手洗いに行ったんです。そのくらいの時間はあるだろうと思っていました。会社のトイレに向かう途中、おじいさんとすれ違ったんです、どこかで会ったことがあるような気がしたんですが、どうしても思い出せませんでしたから会釈をしてトイレに急ぎました。


 用を足して自席に帰ってくると、スキャナから送られたデータが入っていました。後はそのまとめたデータから一人一人の写真を切り取っていくだけだと思ったんです。


 そのデータを見た時に私の手が止まりました、その写真に映っていたのは先ほどトイレに向かっていた時にすれ違ったあの老人でした。その写真の注釈に『創業者』と付いていました。


 私は流石に背筋が寒くなって、有休の消化が出来なくても良いから急いで退職届を書いて、翌日に提出しました。離職率の高い会社だったので私もきっと『根性の無い』一人に数えられているのだと思います。ただどうしてもあの創業者らしき人とすれ違った時に、彼が何故かニヤついていたのは不気味で仕方ありませんでした。


 何か害があったわけでもありませんが、あそこに残らなくて良かったと思いますよ。ああ、もちろん創業者のデータには没年も書かれていましたよ。どうしてブラック企業の経営者がそこまで自社に執着するのかは分かりません。ただ、あそこに居るとどうなったのか考えるとあまりいい気はしませんね。


 その某社は未だに経営を続けているが、就職氷河期も何も関係無く離職率は高いままになっているそうだ。

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