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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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酒だしいいだろ

 Hさんは大学生の頃、二十歳を超えてからずっと毎日ビールを飲み続けているそうだ。始めは宴会で飲んだそうだが、それにハマってしまい大学時代は毎日のように飲んだそうだ。毎日の『ように』飲んだというのは大学生特有の金欠時は飲まなかったからだ。そしてその頃に体験したことを彼は語ってくれた。


 当時はアル中がそれほど問題視されていませんでしたよ。まあ……今でこそアルハラなんて言葉がありますが、当時は飲めないヤツはノリの悪いやつなんて空気が流れてましたよ。ただ、たいていの人が自分の限界を大体把握していたので命に関わるようなことはあまり無かったんです。だから結構無理のある飲み方をしてもなんとか問題にならなかったんです。良くも悪くも飲み過ぎで潰れるのは本人の責任みたいな空気でした。


 それがいいことなのかは分からないが、飲み屋街が繁盛しており、彼はコロナ禍で一気に様変わりしたことをとても悲しんでいた。もっとも、当時とは飲み方の違いもあると思うのだが……少なくとも当時はアルハラなんて問題視されていなかったから、コロナ禍の前にコンプライアンス意識が変わったということも多分に関係あるとは思うのだが。


「時代が許していたんでしょうね、大学生なりのノリでとある夏の飲み会で誰かが肝試しをしようと言いだしたんです。正直怖いのは嫌いだったんですけど、ノリの悪いやつと思われる方が嫌だったんです。だから見知らぬ墓にお参りしてくると言うふざけたことをやろうと話が決まったんです。証拠に線香を供えてくるというのが実際に言った証拠としてみんなで真っ暗な墓地に行きました。ああ、線香に火をつけるのは問題無いですよ、当時の飲み会に集まる連中は大体ライターを持っていましたから」


 そして、彼らはそろって夜中の墓地で線香を供えてくるという肝試しが始まりました。みんな怖かったと嘯きながら半笑いで帰ってきました。私も数人が普通に帰ってきたので安心して墓に出向いたんですよ。それで何も起きず……とはいかず、その時仲間内で適当に選んだ目標の墓の前に立った時に、遠くに真っ白な服を着た女が立っていました。真っ暗な中でどうして色や性別が分かったのかは分かりません。ただ、光りもないのになぜか見ただけで分かったんです。


 怖いなんて言えないので線香を供えるなり早々と走っているように見られないように足早に帰りました。仲間にビビっていると思われたくなかったんです、くだらないプライドですね。


「それで、心霊現象が起きたんですか?」


 私がそう聞くと、彼は大仰に頷いて答える。


 体調不良がずっと続くんです。単位を落として留年が確定した頃ようやく病院で検査をしました。それで何か分かれば良かったんですけど、何も分からなかったんです。どこにも異常のない健康体だと言われました。確かに当時は雑に抗生物質などをとりあえず処方していたような時期でしたが、それでも異常が無いなら処方が通らないんですよ。症状を書くことはできるんでしょうが、『それで出せるのは普通の胃薬くらいです』と言われたので仕方なく帰りました。出せると言われた胃薬はドラッグストアで買えるような品で、病院でもらうようなものでもないんです。


 もちろんそれで体調不良が変わるはずもないので、体調が変わった日、ようするに肝試しをした日ですね。そこしか心当たりが無かったのでお墓を管理している寺に菓子折を持って謝罪に行ったんです。そこでなんとか除霊をしてもらえないかなんて甘い考えをしていたんです。


 それは最後まで実現しませんでした。寺の前に住職が立っていて、こちらを見るなり『罰当たりもんが! 出て行け!』と言われました。寺の住職としてそれはどうなんだと思いました、それで結局菩提寺を頼る方法も立たれたんですよ。その頃あの時の肝試しに参加していたメンバーがそれぞれ別の不運に見舞われていました。命に関わるヤツはいませんでしたけど、それなりに酷い目に遭っていました。


 当時はそいつらを気にする余裕もなく、自分のめまいや発熱をどうにかすることばかり考えていました。そろそろ入院かと思っていたところで実家からビールが箱で送られてきたんですよ。大学生の息子に送るようなものかというのは分かりますが、向こうは体調不良を知りませんし、なんでもお中元でビールが送られてきたらしいんですが、両親ともに飲まないので私が喜ぶと思って送ってきたそうです。


 あきれながら対策を考えていたのですが、そこでふと思ったんです。幽霊には日本酒が効くって話をね。しかし私はポン酒なんて飲まなかったので家の中には無かったんです。一升瓶を買うこともできなくはなかったんですけど、よく考えたらアルコールがあればいいんじゃないかと思い、そして目の目にちょうど良くビールがあるわけです。箱ごとロクに何も入っていない冷蔵庫に入れて、少し仮眠をとりました。


 目が覚めると真っ暗になっており、私は重い身体を引きずって冷蔵庫へいくと、缶ビールを開けては飲むのを繰り返したんです。数本で意識がぐらぐらしてきて、何本だったか覚えていないのですが、気絶するまで飲みました。最後の記憶は『オゥエップ』という自分以外の声でされたゲップでした。


 翌朝は体調不良でした。でもそれまでの不調とは異なっていて頭がガンガン痛んで吐き気がする、要するに二日酔いでした。痛み止めを飲んで、どうせ留年が確定している大学を休んで一日水を飲んでいました。その結果、夕方には意識もハッキリとして、スッキリとした気分になりました。


 結局、体調不良で何年も留年したヤツや事故に遭ったヤツも肝試しに行った連中にはいましたが、私は別に何も起きなかったんですよ。


 そうして一年遅れで無事卒業出来たのだそうだ。彼は『幽霊にアルコールって本当に効くもんなんですね』と言っていたが、本当にビールが日本酒の代わりになるとは思えない。説明しようとするなら幽霊が音を上げたと言うことだろうか。そして最後にHさんは語る。


「でもね、怖いことに今になって効いてきたんですよ。ビールを魔除け代わりに毎日飲んでいたら健康診断で引っかかりまして、でも私にとってのビールは魔除けみたいなものなのでやめられないんですよねえ」


 そう言って彼は私が代金を持つといったビールをグイッと飲み干した。彼は幽霊に責任を押しつけたいようだが、多分ビールの飲み過ぎに幽霊は関係無いだろうと私は思う。

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