声とデータ
その話の始まりはAさんからのメールで始まった。彼の話によると別れた彼女が生き霊か死霊かは分からないが、霊として自分に憑き纏っているらしい。
「憑き纏われているというのは何か根拠があるんですか?」
「ええ、寝ているときやぼーっとしていると彼女のささやき声が聞こえるんです。安心して眠れないんですよ」
なるほどそれは大変だ。理由はあるそうだが、チャットでは限界があるの通話がしたい、彼は遠方にいるそうなので電話で話を伺うことにした。
「ああ、すいません、XXX-XXXX-XXXXの番号で通話アプリに登録しているので検索してもらえますか」
もちろんそのくらい構わない。有名なアプリだし、私のスマートフォンにもインストール済みだ。しかし……
「構いませんが電話番号を教えてくださるならこちらからおかけしましょうか? 通話定額にも入っていますし……」
しかし彼はそれを断った。
「いや、アプリでお願いします。通話では少々問題がありまして……」
何か理由があるのだろう。私としては理由を聞くのは後で構わないし、準備もほぼ必要無いのでアプリで登録されている番号検索をして彼の名前を見つけた。フレンド登録して通話をするとすぐに彼が出た。
「お手数おかけします。どうもこちらでないと困るんですよ」
「そうですか、それで何故幽霊に憑かれているのでしょうか?」
彼は電話ごしに少し黙って小さな声で言う。
「酷い別れ方をしたんです。私が一方的に別れを切り出したんです。それは悪いと思っています、ただ、彼女はそこそこ年上だったので後がないと思っていたようです」
「なるほど、ささやき声が聞こえるとのことですが、一体どのような声ですか?」
「『どうして捨てたの?』とか『逃げないで』とか危害を加えるようなものではないんですが、延々と聞こえるので気になってまともに眠れないんです。すっかり寝不足ですよ」
たしかに延々言われたら気になってしまうだろう。
「声だけならそれほど恨まれてはいないのでは?」
実害が無いとは言わないが、声が聞こえるだけなら極論無視出来るのではないだろうか?
「問題はその声が電話に乗るのでまともに電話さえできないんです。私の不義理が相手に伝わってしまうので……」
なるほどそれは大変だ、しかし……
「こうして電話を出来ていると思うのですが、私には何も聞こえませんよ?」
「ああ、いろいろやったのですが、どうも心霊的な声はデータ通信には乗らないようなんですよ。こうしてあなたと話しているのも通話アプリでしょう? 通常の電話回線を使うと聞こえるらしいんです。だからできれば全てアプリで済ませたいのですけど、取引先なんかはそんなの気にしませんからね」
なるほど、本人なりに大変なのだろう。そこで私に一つの好奇心が起きた。
「お話ありがとうございます。これだけだとインパクトに欠けるので失礼ですが電話番号にかけても構いませんか? できればその結果を知りたいのですが」
現状霊的なものは感じられないのでそれを聞いておきたい。
「……わかりました、一度だけかけても構いません。ただ、電話番号は隠してください」
「当然です。それでは」
私は音声通信を切って、標準の電話アプリを使用して教えてもらった電話番号にかけた。
「……」
私は無言で電話を切った。そこには彼の声などまったく聞こえず、延々とお経が続けて流れてきた。その番号をネットで検索してみたのだが、どうやら葬儀社の個人番号のようだ。その葬儀社に真偽の確認をしようとはどうしても思えなかった。知らないままの方がいいことは世の中案外多いものだ。きっとこれもその一つなのだろう。