心当たりはいくらでも
Eさんは某金融会社に勤めている。彼が言うには『たまには自分の記録を残しておきたい』と申し出たので休日をなんとか都合してもらい話を聞いた。なお、彼はそんなことを言っているが、決して自死の予兆などではない。
「お手数かけます、済みませんね、本当は直接あった方がいいんでしょうけど、流石に時間がね。まあWEBでもこうして顔を合わせられるのだから良いでしょうか」
彼は忙しいそうなのでWEBカメラ越しでの対談だ。そのくらい忙しいそうだが、今話しておかないとマズいような気がすると不穏な話が始まった。
「始めは一人の社員が幽霊を見たと言ったんです。誰も気にかけませんよ、忙しいですからそんなことに構っている暇はないですし、言い方は悪いですけどそういう『壊れ方』をする社員は幾人も見てきましたから。その社員は顧客の老人が見えるとうわごとのように言って、ある日突然来なくなりました。なかなか病んでる業界だとは思いますけど、珍しくないんですよ」
なかなかハードなお仕事をしているようだ。しかし何故彼はそんなことを気にしているのだろう? それが日常であれば一人バックレただけのことではないのか?
「珍しくないんですか、お仕事は大変なのでしょうか?」
「大変ですよ。どう考えても天国に行けるような稼業じゃないのは分かっています。給料がその分いいんであの世とか信じてないとありがたいんです」
それでよく心霊現象を語るつもりになったものだと思ったが黙って飲み込んだ。
「その一人だけで済めば大したことはないんですけどね、その一人から次々に俺も俺もと目撃談が増えて言ったんです。ただ、全員見ているものはそれぞれ違うんですよ」
「見る人によって姿が変わるということでしょうか?」
私の問いに彼は少しくぐもった笑いを聞かせてから言う。
「違いますよ、それぞれ担当していた客を見るんです。証券やってるとこが一番キツいのかなあ、あそこが一番多く目撃者がいますよ。噂だと始めの一人が幽霊を引き連れてきたんじゃないかと噂が立つくらいには人を泣かせていますからね」
彼はまったく悪びれる様子もない。しかし、では何故切羽詰まったように私に連絡を取ったのだろう? 聞くかぎりだと彼は幽霊を信じていない様子だが……
「何かあなたも見たのでしょうか?」
すると枯れ葉が面腰に首をかしげた。
「いいえ、まだ何も見ていませんよ。だからこうしてお話ししようと思いましてね。早い話が見えてからじゃ遅いんですよ」
案外物騒な話なのかもしれない。そういう考えを無視して彼は語る。
「初めて見た社員からずっと見る度に職務に戻れない状態になっているんですよ。怪我だったり心理的な病気だったり、原因は様々ですけど、全員職場復帰はしていません。ただ……実はどっちが原因かは怪しいと思っているんですけどね」
何かおかしくないだろうか?
「どちらが原因か分からないとはどういう意味でしょう?」
「ああ、確かにそれなりに不利な状態にはなるんですけどね、働こうと思えば働けると思ってるんですよ。つまり心身を壊したのでいい機会だから退職の機会にしようと思っている人も居たんじゃないかなってことです。そのくらいには阿漕なことをしていますからね。だからですよ、あなたには手軽に連絡が取れたので私の記録を残して置いてもらいたかったんです」
「書き残した大丈夫な情報なんでしょうか?」
少々不安になってくるぐらい物騒な話じゃないだろうか?
「ああ、それは大丈夫です。もしも私に何かあったらそれはもう追加で何かがあったとしても私がまともに対応出来ない状態になったってことですから。そうなったら何が漏れようが知ったこっちゃないですよ」
そして彼は様々な幽霊の目撃談があることを延々と語った。最後に付け加えるように言う。
「見た奴らは全員責任を感じていましたからね。そう考えると私は定年まで見ないかもなって思います。私も不幸にした人間は数えきれませんから。なんなら今まで幽霊を見た連中より多い自信もありますしね」
そう言って彼は話を終えた。一応彼は詳細を公開するのは自分に何かあった時にしてくれと言われたのであくまであらましだけを残しておく。何かあった時は連絡をするよう家族に言っているそうだが、幸いと言っていいのかその連絡は今はまだ届かない。