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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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折れた梁

 Yさんは当時、酷い企業に勤めていた。残業代は当然出ない癖に勤務時間はしっかり長い。建前上タイムカードには残業していないことになっている。酷いときには出張のビジネスホテル代が経費で落ちなかったときもあるらしい。今、目の前に座っているYさんは頑健そうな方だが、彼は過去に辛い経験をしていたということだ。


 そして今では転職をしたが、そのきっかけに心霊的なものが関係あると『思っている』らしいのでお話を伺った。彼によると、謝礼はほぼ必要無いが、彼の経験を残して欲しいと言うことで話を聞かせていただいた。


 実を言えばそこの記憶がほぼ残っていないんです。酷いところだとは思い出せるのですが、同僚の顔すら思い出せないんですよ。喧嘩別れみたいな形で辞めたのであわせる顔もないんですがね。とにかく、脳が記憶するのを拒否するような環境で私はどんどん壊れて行ったんです。


 気がつくと彼の暮らしていたアパートには、人間がギリギリ生きていけるだけのものしか残っていなくなりました。後になって必要無いものをどんどん処分していっていたことを知ったんですが、当時はそんなことを考える余裕もありませんでした。なんなら、ものが無いことすら気にしませんでした。


「今にして思えば……身辺整理なんでしょうね」


 よくないことは分かっています。それでも正常な判断ができなかった私は有休の届を『私用』とだけ書いて叩きつけて帰省しました。もちろん会社は詳細を書けなんてルール違反なことを言ってきましたが、会社どころかこの世と別れようとしていた私は無視して強引に押しつけ休暇を取りました。多分会社の方も『壊れた』社員だと思ったんじゃないでしょうか。


 もちろん実家に帰った理由は身辺整理の一つ、お別れを言うためです。悟られるわけにはいかないので、実家近くになると頬を張って無理矢理笑顔を作って実家のインターフォンを鳴らしました。


 働いていたらほとんど休めなかったので、お盆や彼岸ですら実家に帰っていなかった私を両親は歓迎してくれました。私の精一杯の作り笑顔はなんとか誤魔化すことに成功したらしく、その日の夕食は両親がお寿司をとってくれました。最後の晩餐にはぴったりかもなとか思いながらよく味を感じられないお寿司を食べていきました。


 その後できるだけ綺麗に逝けるようにお風呂でよく身体を洗って部屋に帰りました。実家で暮らしていた頃の和室です。そこにロープを置いてから最後に仏間に行き、祖父母に線香を供えました。お経は覚えていないので上げられませんでしたが、その分長く手を合わせました。祖父母共に大層私をかわいがってくれたので申し訳ない感情も少しだけ湧きましたが、このまま生活を続けるよりはずっと魅力があったのでそこでは意志が揺らぎませんでした。


 そして自室に帰ると、机の上に登って、梁にロープをかけてそこに首を通しました。ロープはちぎれないように十分強度のあるものを選びましたし、吊るなら音も立ちません。失敗しないように両親がきちんと寝静まったところで実行に移したんですよ。首に体重をかけた瞬間『バカか! 少しは真面目に生きろ!』という声が確かに聞こえたんです。そして轟音を立てて梁が折れました。あり得ないことでした。人一人の体重がかかっただけで梁が折れるなんてあり得ません。


 ただ、床に私が叩きつけられた音を聞いて両親が駆けつけ病院送りになりました。


 それからは給与こそ下がりましたが、生きていくのには困らない会社に入りなんとか暮らしていけるようになりました。


 祖父に怒られた記憶は後にも先にもそれ一回だけなんです。優しい人でしたよ。孫には甘かっただけなのかもしれませんがね。ただ、あの梁は後から調べたそうですが、いくら調べても弱くなっている場所は見つからず、折れた理由がどうしても説明出来ないようでした。


 説明が付かないせいで面倒なことにもなりましたが、幸い私は生きています。次に祖父に怒られるのは寿命を迎えたときにしたいなと思っています。


 そう言ってYさんは話を終えた。彼は説明の付かない現象があるにしても、それが必ず人間に害をなすわけではないのではないでしょうかと言っていた。


 私は真相なんてものは分からない。ただ二人して『そうだったら良いですね』と頷き合ったのだった。

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