現代式人形
Aさんに怖い話を伺うことになっていたのだが、いったん延期していて、今日ようやく話を伺うことができた。彼女の右手にはギプスがはめられ、釣られた状態になっている。
「酷い目に遭いましたよ。こんな事ってあるんですかね?」
そう言って彼女の話を始めだした。
私がVTuberを始めようと思い立ったときでした。幸い絵心はあったので下絵を起こして、それに合わせて3Dモデルのモデリングをしていったんです。ハッキリ言って順調でした、本物の私より遙香に美少女なも出るができたんですよ。
私は『そんな謙遜なさらず』と言っておいた。そもそも理想の身体にできる自作モデルならそちらの方が綺麗になるのは当然だろう、現実と比べるべきではない。そこからようやく怪談が始まった。
モーショントラッカーとかいろいろな機器はそろっていました。趣味でVRをやっていたので機器は元々ある程度あったんです。それに動かすのに十分なスペックのPCも持っていました。だから配信なんて簡単だろうと思っていたんです。
だから配信サイトに設定をして配信予約をして、いろいろなSNSで広報をしたんです。そこまでは楽しかったんですけどね……
配信に来る人はほとんど居なかったんですよ。たまに一人来たかと思うとコメントも無しに出て行っちゃいました。今ではそんなの珍しくないと知っているんですが、箱に入ってない配信者がここまで厳しい環境だとは思ってなかったんですよ。
そこで、『問題はそんな事じゃないんですけどね』と言い、本題に入る。
配信もそろそろ終わろうかなと心が折れ書けていたときの話なんです。右手のトラッキングがおかしくなったんですよ。腕がぐにゃぐにゃ動いて関節が無いようでした。実写ならともかく、素体の上に肉付けしている3Dモデルでそんな不規則な動きをするはずが無いんですよ。バグかと思ったんですが、だったらもっと配信者の中で有名になってもおかしくないバグですよね? それがないと言うことは器機の故障か、どこかで設計を失敗したかだと思うんですが……とにかくそれをいい機会として配信を終了させました。
そしてその日は一日がもったいなかったなあ……と思いながら寝たんです。
翌日は出社しようと身なりを整えて家を出たんです。会社まで歩いている途中、横断歩道で自動車にはねられたんです。それでこんな怪我をしたんですよ。ごめんなさい、本当はもっと早くにお話ししようと思っていたのですが、治りが遅いのと退院してからもう一つ変なことがあったので……
「変なことですか?」
私がそう訊ねると、彼女は落ち込んだ顔で答えた。
3Dモデルを作ったと言いましたよね? 自作品です、パソコンにはパスワードがかかっていますし、親兄弟はPCに明るくないんです。だから誰も触っていないはずなんですが……モデルを見たら右手がぐちゃぐちゃになっていたんです。一応ベースになっている骨格からははみ出ていませんが、それだけで他はギリギリまでぐちゃっと潰れていました。
そこでふと思いだしたんですが、人形が持ち主の身代わりの役目をすることがあるって話を思い出しました。物理的には存在していない人形ですが……私がこれだけで済んだのはあのモデルのおかげかもしれませんね。
そう言って彼女は話を終えた。怪談だって昔と比べて変わりゆくものだが、文化のレベルが変わるところから、実体を持たないものまで怪談になりつつあるのかと思うとどこか感慨深かった。