験担ぎ
「まったく……験担ぎなんて迷惑なもの、誰が考えたんでしょうね」
そう愚痴るのはSさん、最近縁起の悪いことが続いているが、そのきっかけが未だに納得いっていないらしい。
「何か不吉なことでもあったんですか?」
私が問うと、彼は自分に最近起きたことを話した。
「鼻緒が切れるって不吉な話だって言うじゃないですか」
「そうですね、縁起の悪いことが起きる前兆だととられることが多いですね」
「僕の場合、スマホのストラップだったんですよ。手首を通してスマホをうっかり落とさないようにするやつ」
「ああ、確かにケースと一緒に使っている人が多いですね」
実際スマホの画面も背面もガラスのものが増えてきたのでプラスチックなら割れなかった部分がガラスだとバキバキになることもある。
良いか悪いかはさておき、衝撃を与えると割と簡単に割れるのは確かだ。ただ、プラスチックにしたときより見た目が良くはあるのだが……
「半年くらい前かな、スマホを使っているとプチッと切れて、そのまま手が滑って落としてしまったんです。ガラスは小さなヒビだったので諦めたんですが、その後交通事故に遭ったんですよ。手が折れて散々でした」
なるほど、それほど偶然なのかもしれないが、折れた方からするとたまったものではないだろう。
「次は霊柩車を見たときですね、一応親指は隠すものと知っていたのでそうしたんですよ。それで助かったと思ったらペットで飼っていたインコが死んでしまったんです。何が理不尽って、親指を隠そうにも、先の事故で親指が固定されていて両手同時に隠すのは無理だったんです」
まあ……そういう話はあるなと思う。迷信ではあるが、偶然でも重なると信じてしまいそうになるものだ。
「ついてませんね、でも偶然なのではないでしょうか? 残念ですが悪いことが起きるのが突然重なることはありますよ」
そう言って慰めようとしたのだが、彼はテーブルに乗りだして問題を言う。
「確かに偶然で片付けられる話ですが、一つだけどうしても偶然では説明のつかないことがあるんですよ」
「何があったんですか?」
偶然で片付くのではないだろうかと思ったが、彼は偶然では片付かない根拠を語った。
僕はベッドに寝ているんですよ。もちろん一人用のものです。だから普通に寝るのは困りませんけど横向きに眠れるようにはできていないんです。ほら、縦の長さと横の長さが違うじゃないですか。シングルベッドだと寝返りをうつにも限界があるんですよ。
なんだろう? 話がよく見えてこないな。彼は一体何を体験したというのか?
『北枕』って知ってますか?
そう聞かれたので、私は頷いて『不吉だからやめろ』と子供の頃に言われましたね。と答えた。
それが問題でして、ベッドの枕は南の方に接地しているんですよ。だから南に向けて寝ることになるんです、そして横に寝ようとすると身体の長さより狭い部分で落ちるはずなんですよ。そのはずなのに気がついたら北枕になっていた日があったんです。僕は寝ているまま真反対に向かって寝返りをうったんでしょうか? 身体がはみ出したなら間違いなく気がついて目が覚めるはずなんですよ。そんなことはなかったのに身体が反対を向いていたんです。
正直寝付きが悪くて一時的に起きたのを覚えていないだけなのではないかと思ったのだが、本人はあり得ないと言っているので黙っておいた。
「それで、その時は何が起きたんですか?」
「夜中に電話があって、姉が亡くなったので帰ってこいと言う話でした。大急ぎで帰りました、そして姉の葬儀まで一通り親と一緒にしたんです。ただ……不思議なのは葬儀中の読経の時に身体がふっと軽くなったんですよ。だからもしかしたら縁起が悪かったのではなく、何かが取り憑いていたのかもしれません。ただ、自分に取り憑いていたもののせいで姉が死んでしまったとは思いたくないんですよ」
それだけ言うと彼は寂しそうな顔をして黙り込んだ。