タバコのメリット
タバコは身体に悪い、有名になった事実だが、光さんはそうとは限らないのではないかと思っているそうだ。
「タバコをお吸いになるということですが、何かメリットがあったのですか?」
「タバコ自体は昔から吸うんですけどね、今じゃもっぱらこっちですよ」
そう言い、彼女はカバンから四角い箱を取りだした。それを見せてくれたのだが、推測するに所謂加熱式タバコだった。
「本当はニコチン入りはマズいんですけどね……まあ警察もそこまで調べませんし」
私もそうだなと思いつつ、別に書き残しても一々調べ上げるほど警察も暇ではないだろうと思った。
「それで、タバコが役に立つとは一体どういう時なんですか?」
私はまさか赤外線センサーの赤外線が見えるようになるとか言い出さないかと不安を覚えながらも話を聞く。
「あれはこの前のお盆でしたね……」
あの頃私は実家に帰っていたんです。ま、田舎でつまらない町ですよ、かろうじて町と名前はなっていますけどね、ここらと比べるとど田舎と言ってもいいでしょうね。
ただ空気は美味しかったですよ。歩道を歩いていれば排ガスを浴びるようなこともなかったですから。
お盆には家族そろって送り火をすることになっていたんですが、その前日のことでした。
その日はなんとなくこのちっぽけな町に来る回数も限られているんだろうなって思っていろいろと子供時代の思い出の場所を回ってみたんです。時折スマホで撮影しながらいろいろな思い出を巡っていたんです。そうしたら突然おかしな事になってしまって……何故か町並みが子供時代のものに戻っているんですよ。今じゃ絶対に立てられないような家が建っているんです。建築基準法を無視したのかと思いましたよ。
それからいくら歩いても懐かしい景色が広がるばかりでどこへ行くこともできなかったんです。私は疲れ切って公園のベンチに座らせてもらったんです。まあ子供が一人も遊んでいない場で勝手も何もないので好きに座っていいんですけどね。
今の状況を整理しようと思ったんですが、なんでこうなったのかさっぱり分からないんです。昔の町の亡霊なのかと悪い予感がしましたよ。困り果てたときにポケットに手を入れるとVAPE、要するに電子タバコが入っていたのに気づきました。その頃はニコチン無しの市販品を使っていました。健康志向だったのかもしれません。
そこで心を落ち着けるために一服しようとタバコの加熱ボタンを押して吸いこみ蒸気を吐き出したんです。そうしたら……
「う゛ぇっ! ごぼっ! ゴホッ!」
という声が後ろから聞こえて振り返って何もないのを確認して視線を戻すと子供が幾人か遊んでいる公園に戻っていました。タバコが嫌いな幽霊だったのかもしれません。それにしてもニコチンもタールも一切入っていないというのにあそこまで露骨に嫌うことはないんじゃないですかね? おかげで助かったわけですけど。
「それが一回きりの心霊体験です。幽霊はまだ実家の近くの人に取り憑いているのかもしれませんが、私はあの一件で関わっちゃいけないとでも幽霊が判断したんでしょうか、何も起きませんよ、平和なものです」
そして今、彼女は再びニコチン入りの加熱式たばこを吸っているという。