血圧の怪
Pさんの友人は健康診断で血圧の項目が引っかかった。自覚症状はないのだが、医師にお説教を受けることになり、当然のことながら生活習慣を改めろと言われてしまった。
「悪いやつじゃなかったんですがねえ……」
そう言い、彼との思い出を語ってくれた。
その友人は血圧計を買って毎日記録していた。しかし血圧を下げる薬は飲んでいたものの、食生活や運動習慣は変わらなかった。Pさんが言うには『薬飲んでりゃ下がるんだからそれで良くないか?』と大真面目に言われてしまい二の句が継げなかったらしい。
当然の話だが薬を飲んでいれば血圧は下がる。しかし根本的には何も変わらないため身体への負担はそう変わらない。医師からはあくまでも塩分を避けるなどの生活習慣を変えないとどうしようもないといわれていたのにも関わらず、彼は薬を飲んで数字が下がったと喜んでいた。
彼によく食事を誘われたPさんが連れて行かれたのは血圧どころかあらゆる面で健康に悪そうなアブラとモヤシの大量に乗ったラーメン店だった。大丈夫なのかとは思ったがまったく気にした様子はなかった。しかもスープを全部飲むものだから、脂肪と糖と塩分の豪華三点セットを軽々と完食していた。
あらゆる生活が祟って彼の健康は一気に悪くなった。血圧がどうこうの話ですらない、そんな生活を送っていれば当然の結果だった。
そして彼は痩せていった。もちろん本人が健康になろうと頑張った結果ではない、太れなくなってしまったのだ。しばらくそんな状態だったかと思うと、会社で注射を打っている彼を見かけた。それとなく訊いてみると『インスリンを入れろって言われてさ』と割と深刻な話を世間話のように軽く言う。彼はもう糖尿病もいいところで、まさに生活習慣病という有様だった。
そこでPさんは説明がつかないことを聞いた。
「ソイツなんですけど……しばらくそんな生活を続けてたんですが、ある日『血圧計が壊れて参ったよ』と話しかけてきた。Pさんは『ついに計れないくらい血圧が高くなったのか?』と心配しつつも軽口を叩いた。すると彼は……
「いや、逆だよ。血圧が上も下もゼロになるんだよ。心拍数はちゃんと表示されるんだぜ? なんでか分からないが血圧だけがゼロになるんだよ。アレも結構高かったんだがな……液晶が逝ったのかもなあ」
彼はそう言い、仕事に戻った。それから三日後、彼は無断欠勤し、それが少し続いてから彼の住所に訪れた同僚が倒れている彼を発見して通報することになった。結果はやはり手遅れだった。ただPさんには気になることがあるという。
「アイツはいつまで生きてたんですかね? どうも血圧の話をしていたときには生きていたのか怪しく思えるんですよね……心拍が表示されたと言っていたので血圧計が壊れたんじゃないと思うんですが、一応玄関前で出社しようとしたところで倒れたそうですが……個人的にはもっと早くに死んでしまっていたんじゃないかと思うんですよ。妄想ですがね、そうでなければ虫の知らせだったのかもしれませんね」
最後にPさんは『アイツが死んでから俺も健康に気をつかうことにしたんですよ。あの不健康そうな様子を見たらどうしてもああはなりたくないなって』と言った。結局彼はまだ健康診断で薬が必要だとは言われていないとのことだ。