健康のために
五十嵐さんは健康のためにいろいろな食品を摂っているそうだ。ただし、きちんと商品として売っているものしか頼らない、決して民間療法のように人から人へ手作りの製法が伝わったようなものは食べたり飲んだりしないそうだ。それには自身の苦い経験があるという。
「まあ年も年なんでね、健康に気をつかわないとと思ってたんですな、子や孫に迷惑をかけるわけにもいきませんしなあ」
誰かに負担をかけないためにということで始めは薬局で膝を助けて歩くのが楽になるサプリメントから始めた。それの効果がどこまでかは分からなかったが、彼がサプリメントに傾倒するのにそう時間はかからなかった。
「色々試しましたな、効いた気がするものや効かないもの、様々に試しましたよ。そこで何を間違ったのか携帯電話に届いた広告を見てしまいました」
五十嵐さんはそれなりにお年を召しているが、スマホが使えないほどではない。たまたま間の悪いことに困りごとがあるときに広告のスパムであろうものが届いてしまった。
「広告には『生涯現役の足腰を!』などと書いてありましたかな。いや、なにぶん都市でしてな、ハッキリ覚えてはおりません、申し訳ない。しかし私もその商品は気になりまして、一日二錠の錠剤でした、これで決済がカードのみと言われたら諦めもついたのですが、代金引換が支払い方法だったので何かに頼りたかった私は頼んでしまいましたよ」
その商品は数日で届いたらしい。ただし問題は、なんと段ボール箱に緩衝剤に包まれて入っていた瓶には錠剤がいっぱいに詰められており、なんと便には一切ラベルなど貼られていない。まるでどこが売ったか覚えて欲しくないように説明書すら入っていなかった。
「いかにも怪しかったんですけどなあ、年が年だったので歩くのが辛くなってきていたもので、藁にもすがる思いでそれを飲み始めたんですよ」
「怪しい商品のようですし、やはり効かなかったのでしょうか?」
私の問いに五十嵐さんは少し困った顔をして答える。
「それが効いてしまったんですなあ……飲むと自然と活動的になって力仕事も苦ではなくなりまして。これは良いとその錠剤を毎日飲んでいたんですがな……」
そこで言葉に詰まった後に彼は言う。
「確かに飲んでいる間はとてもシャッキリ出来たんですがな……元気が出たと思って少し飲まないといきなり不調になるんですよ。耐えられたものでもないですよ」
サプリをやめた日には酷い倦怠感でろくに歩けもしなかったらしい。
「まあ……ここまで離して置いて申し訳ないのですが、怪談というわけでもないんですよ。その瓶が空になる頃ニュース番組をぼんやり見ていると、とある宗教団体が『霊験あらたかな錠剤』として禁止薬物を販売していたというニュースでしてな……写真があの時届いた瓶にそっくりだったんですよ。あの広告は宗教臭さは微塵も感じませんでしたし、以降の連絡も一切ないのですが……私の住所と名前は売ったものに伝わってしまったんでしょうな……」
それで出来ることと言えばスマホの電話番号とメールアドレスを変更することくらいだった。彼はできるだけ変えられる個人情報を変えて、それ以来そのスパムは届いていないそうだが、今でも突然教団の信者が訪問するのではないかと気が気ではないという。