彼女のヘッドホン
今回は女癖の悪い男に相談を持ちかけられた。何かと面倒なことになっているので相談に乗ってくれということだ。正直男女間の仲など完全に専門外なのだが、彼が『彼女がいるんだよ……』と含みを持った言い方をしたので聞くことにした。おそらくその彼女とやらは今付き合っている女生徒とは別の人だろう。
そうして私は話を聞くからと言い、彼は焦っていたらしく、『今日にでも来てくれ』と言われてしまい、メモ帳とスマホを持って話を伺いに行った。
彼の家は築年数の浅いアパート、大学生にしては贅沢だなと思った。まあ人は平等ではないのでそれを妬んでも仕方ないだろう。彼の部屋のインターホンを鳴らすとすぐに鍵が開いてチェーンをかけたままソイツは私を確認し、ドアのまわりを見回してからすぐに部屋に招き入れまた鍵とチェーンをかけた。
「すごく厳重にしてますが、何かあるんですか? ストーカーでも?」
目の前の彼はそれなりに格好いいのだろう、女遊びが激しそうなのも納得だ。
「違うんすよ……別れた彼女が残していた荷物が問題でして……」
なんだか歯切れの悪い話し方をする彼に、あまり良い別れ方をしていないなと予想はつく。別れたなら送り返すなり廃棄するなりすればいいだろうにと思うのだが……
「実は……これなんすよ」
そう言い、彼が机の引き出しからとりだしたものは、一つのワイヤレスヘッドホンだった。予想外のものが出てきたことに多少は驚きつつ、話を聞いた。
「こういうワイヤレスオーディオって接続されたら効果音や音声が流れるじゃないですか、その声が彼女のものなんですよ……もちろん彼女が関わった製品じゃないんですよ。前はそのはずなのにどうしてなのか彼女の声だって分かったんです」
「ふむ……と言うことは彼女の声をなんとかしたいと言うことでいいのですか?」
捨てればいいのにとは思ったのだが口には出さなかった。そのヘッドホンはかなりの高級帯の製品なので大学生には手が届かないものだろう。捨てるのが惜しいというのは多少理解出来る。
「いや……始めは彼女の声だったんですよ……それが少しずつ変わっていったんです」
「変わって?」
「ええ、始めは気のせいかなくらいに思うくらいだったんですが、次第に彼女の声に聞こえてきたんです。そこまではまだ我慢出来たんですが、次第に声は消えて音が鳴るようになったんすよ」
いや、ヘッドホンなのだから音が鳴るのは当然では? そう思ったのだが、彼は答えてくれた。
「始めは雑踏の音みたいなものが聞こえてきただけだったんですよ。なんか干渉でもしているのかなって思ってました。でもですね、その音が小さいものになってきて気がついたんですよ。ほら、ここって繁華街とは離れているじゃないっすか? だから大きな音が聞こえると分かるんですよね」
それから彼の悩みが確信に変わったことを話してくれた。
「前の日にボヤがあったときがあったんですよ。幸い死者も怪我人もいなくって、部屋が一つ燃えただけなんですが、消防車がサイレンを爆音で鳴らしながら集まってきてたんですよ。それが近所で起きたものだから酷く騒ぎになったんすよね……で、翌日にヘッドホンを付けたら消防のサイレンの音が鳴っていたんです。そこはまだウチとはそれなりに離れてますけど徐々に近づいてきているようなんですよ」
私は現実的に手っ取り早い解決として捨てればいいのでは? と言う疑問を呈した。
「それが……これって結構高級なヘッドホンで、彼女が今度取りにいくから取って置いてって言うんすよ。いっそ弁償覚悟で捨てようかとも思ったんですがね……買い替えて変わる保証もないですし、もはや呪いみたいなものですよ」
私はお祓いが得意な神社をいくつか彼に教えておいた。彼がそこでお祓いを受けたのかはハッキリしないが、未だに彼からその剣の続報は聞かない。