骨董品の花瓶
榎本さんは骨董品の蒐集が趣味だそうだ。基本的に素性の知れたものを買い集めているそうだが、ある時その花瓶の美しさにひと目ぼれをして買ったらしい。それで酷い目にあったそうなので話を聞いた。
「しかし、花瓶なんですよね? 何か謂れがあるものなのですか?」
私の問いに彼は答える。
「そんなことはないはずなんですがな……骨董品というのは大抵歴史分の積み重ねがありますからなあ……」
何事も無い骨董品などないと言うことか。確かに百年以上残っている物が何事にも巻き込まれていないはずもないか。こればかりはどうしようも無いのだろう。
「その花瓶にも有名な歴史があるんですか?」
そう訊いてみると榎本さんはガハハと笑って答える。
「そんな大層な逸話があればと手も手が出ませんなあ。何かはあったのでしょうが有名人が持っていたなどという話はなかったですな」
「ですがあなたは怪談の類いだとして話をしてきましたが……」
「そうですな、何かあったのは事実なのですが、特に特別なものではないんですよ。おそらく怪異なんてものは特別何かに限ったあるわけではないのでしょうな」
そう言い一息置いて彼はその花瓶の話を始めた。
「なかなか美しい花瓶でしてなあ……釉薬がかかって水色の光沢が出ている様は見事でしたな。幾何学模様をした前衛的なものでしたな」
古美術品にも前衛的なものがあるのだろうかなどと思いながら話を聞いていた。
「問題は花瓶として使ったことなのですよ。美しいものでついつい自慢したくなったんですな。骨董仲間に見せても珍しいと言われないだろうし、花を生けて床の間に飾っておいたんですがなあ……」
彼はなんだか寂しそうな目をしながら続ける。
「どんな花を生けても一日で枯れてしまうんですな。噂で聞いた花瓶の水に砂糖を混ぜておくといいなどという方法もまったく功を奏しませんでした。結局、花瓶に花を生けるのはやめてしまいましたよ」
だが、彼は花瓶を見せるためだけに置いておいたらしい。見る人が見れば分かってくれるとのことだ。だからだろうか、災難に遭うことになった。
「花瓶を飾っていると嫁が体調を崩しましてな……なんでもうわごとで『花瓶に襲われる』と言っていたそうなんですな。息子は激怒してワシに花瓶を処分しろと言ってきたんですなあ。ワシも孫の顔は見たいので仕方なしに捨てましたわ。命には代えられませんしな。何より、今回は嫁が被害に遭いましたが、次は誰が同じような目に遭うか分かりませんしな。諦めて骨董商に売ったんですわ」
花瓶は二束三文で売れたそうだ。買値に比べるとタダ同然だが、息子夫婦との関係には換えられないと売ったらしい。それで一安心したのですが問題はその後な
んだそうだ。
「それからも骨董市を回るのはやめなかったんですがな、何故かあの花瓶を行く先々で見るんですよ。不気味でしょう? 間違いなく同じものだと直感が告げたんですよ。おかしいと思われそうですが、私はあの花瓶に憑かれているのではないかと思うんですな。花瓶に意志などないのは分かっているのですが、こうもよく見るとついて回られている気もするんですなあ」
そして最後に彼は問題になっていることを一つ加えて言う。
「安くなっているんですよ。その花瓶を見る度に値段が下がっておりましてな。いよいよ簡単に手が届く値段で売られてきているのでついつい買いたくなってしまうんですなあ……このまま行くと一体いくらまで下がるんですかな……そしてそこまで安くなったころに、あの花瓶が持つ魅力のようなものを拒否出来るのか、ワシには自信が無いんですわ」
どうやら幽霊は花瓶まで対応済みになってしまったようだ。このまま行くとスマホやPCもそのうち呪われた品が出るんじゃないだろうかと、ふと不安になった。