打ち切り作品
「私は何を読んだんでしょうね、アレばかりは未だになにを見たのか分からないんですよ」
そう語るのは御木本さんだ。彼は最近不思議なものを見て、未だにそれを探しているそうだが、家中を探し回っても見つかっていないらしい。
「私はね、打ち切られたはずのマンガを読んだんですよ」
もちろん打ち切られたマンガというのはコミックスになった部分ではない。そのマンガは所謂『第一部完』で終わったそうなのだが、彼が言うには確かに続きがあるのだそうだ。
「打ち切られたのならそれ以降はないと思いますが?」
「いや、確かに二巻で終わりましたが、私は夢現の状態で三巻を読んだんですよ、いや、それどころか私の脇にはそのシリーズが手のひらの高さくらいに積んであったんです」
夢と切り捨てるのは簡単だが、なんとも奇妙なことではないか?
「夢現というのがどのような状態だったのか分かりませんが、一体何があったんですか?」
そう訊ねると微妙な顔をした彼は話を始めた。
「実はデスマーチが続いていたんです。酷いものでしたよ、上に『人月の神話』を読めと叩きつけてやりたくなるような現場でした。度々変わる仕様……いえ、この話をする必要はないですね。とにかく肉体的にも精神的にも疲労困憊だったんです」
そしてその日、嫌々ながらも終わった終業後に自宅アパートに帰ると玄関のノブに袋が欠けてあったという。大手通販サイトのものだが、この配達の仕方は雑すぎると問題になって無くなったはずなのだが……どうして未だにそんなことに? とは思ったものの、よく考えたら定期購読しているマンガ雑誌のコミックスの発売日だったことを思いだした。
正直なところ少しでも多く時間が欲しかったので店舗特典を諦めて通販にしたのを思いだし、きっとそれが届いたのだろうと袋を持って部屋に入った。
「そこから先が問題なんですよ。その日発売するマンガの数と袋の重さが合わなかったんですよ。おかしいなと思いながら開封するとなんだかぼんやりした気分になり、一冊が目に入ったんです。それは完結巻だったはずなんです、完結と言っても打ち切りですが……何故かそのマンガの続きがドサッと出てきたんです。おかしいなと思いながら、注文していたものを読んで、それからその『あり得ない続編』を読んだんです。残念な話ですが記憶には残っていないんです。ただものすごく面白かったのだけは記憶しています」
彼は『なんででしょうね? 読んだし面白かったのは確信出来るのに内容が一切記憶に残っていないんです」
「記憶違いということでは?」
私はハッキリそう言ったのだが、彼は首を振った。
「確かにその可能性もあるんですが、なら何故その続編以外はうろ覚えの通りに話が書かれていたのか説明がつかないんですよ。全部が記憶と違うなら納得もいくんですが、他の巻は普通に読んでいるんですよね。いっそ全部間違っているなら納得もいくんですが……私は一体何を読んだのでしょう? それよりも一番の問題なのが……」
そこで一区切り置いてから彼は口を開いた。
「問題は未だにあの幻のような続編を読みたいがためにデスマーチに参加するようになったことなんですよ。今日はたまたま都合がついたのでお話し出来たのですが、いつもは週休一日あれば良い方なんですよ。寿命を削っている自覚はあるんですがね、できればまた打ち切りマンガの続きという理想を読んでみたいと思っているんです」
そう語って話は終わった。彼が挙げた打ち切りマンガの名前は伏せておくが、ネットで検索したところ確かに二巻で終わっている作品だった。彼が読んだのは一体何だったのか、説明をつけることはできなかった。