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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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乗り移り

 伊藤さんは子供の頃、妙な体験をしたそうだ。とは言っても母親に『あんた昔何やったか覚えてんの?』と聞かれたことで始めて知ったらしい。


「おばあちゃんのお葬式の時だったそうです」


 伊藤さんの祖母が亡くなってから葬儀の時まで彼女は泣きっぱなしだったそうだが、まだ物心もついていない頃だったため記憶に残っていないらしい。


「聞いたところによると、妙な行動をしたらしいんです」


 まったく覚えが無いのですが、どうやらおばあちゃんが亡くなってから四十九日まで、突然老人みたいな行動をしていたそうなんですよ。もちろんそんなことを覚えてはいないのですが、母が言うには『あんたがどう考えても知らないことを年寄り口調で喋っていた』そうだ。


 その時のことを聞くと、どうやら当時はみんなおばあちゃんが体を借りているんじゃないかと思われていたそうだ。しかたないですね、口調だけならともかく、幼児が老人みたいな声を出していたそうですから。当時は『治らなかったらどうしよう』って両親ともに焦っていたそうですよ、覚えてないですけど。


 なにがおかしいって、おばあちゃんの遺産分配に私が口を出したんだそうです。『あんたにはこれだけ』みたいに私が知ってもいなければ理解もしていないことを喋っていたらしいんですよ。それもおばあちゃん以外知らないはずの遺産のことまで答えたそうなんです。今じゃ記憶に無いんですが、私があんまりにも不気味なので親戚一同反論するのが怖くて丸く収まったそうです。しかもおばあちゃんの言いそうなことを遺書があったわけでもないのにしっかり話していたので逆らう人もいなかったそうです。


 え? 相続争いですか? そんなものを起こすほど皆さん度胸がなかったみたいです。仲がよかったというのもあるでしょうが、つつがなく終わったそうです。


 それで四十九日が来たんですが、納骨をして帰宅すると、私はパタンと倒れて一日寝込んだそうです。そこから目が覚めると両親がいたのは覚えているんです。突然泣いている両親が目の前に現れたので随分驚いたんですよ。四十九日までの記憶が抜け落ちているんです。おばあちゃんが私に喋らせたとしか思えなかったそうです。


 私はおばあちゃんにかわいがられていたそうですが、その記憶があまり残っていないんですよ。せめて覚えていればもう少し理解出来たのかもしれないなって思うんですけど。


「それで、それ以来怪異は起こっていないんですか?」


 私が訊くとやわらかい笑みを浮かべて彼女は言う。


「何も起きていないんですよ。ただ、四十九日ですっかり治ったので偶然とは親族一同思わなかったそうです。おばあちゃんの言うことだと思っていたから皆さん私のような子供の言うことを聞いたそうです。おばあちゃんが何故私に乗り移ったのかは分かりません。ただ、少し不思議なのは、何故か私は仏壇の前に座るとお経が浮かんでくるんですよね。それで時々は仏壇に聞いたこともないはずのお経を上げているんですが、定期考査前にお経を上げてみたことがあるんです。そうしたら試験のヤマが大当たりしたんですよ。それが一応怪異と言えば怪異ですが、これを怪異扱いするのは仏壇にいる先祖の皆さんに悪いような気がするので多分怪異は起きていないと思っていますよ」


 彼女はそう言い、静かに紅茶を飲んで私に言う。


「だから私は幽霊を信じているんですよ。いつか私もおばあちゃんに会いたいと思いながら生きていますよ」


 少しだけ不安な言葉だったが、彼女は自然に命が尽きた後のことを言っているそうだ。

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