畑を耕さない理由
「僕の父方の実家が畑を持っているんですけど、それは絶対に耕してはいけないそうなんです」
そんなことを言うのはHさんだ。彼のおじいさんが生前に畑を残したのだが、そこの中に絶対に耕してはならない場所があるという。
「何か謂れのある場所なんですか?」
「まあ……いろいろあるんですが、追い追い話しますよ」
そう言って彼はゆっくりとその土地の話を始めた。
「畑自体は結構なものなんですけどね、歴史が歴史なので安易に使えないし、伝統ってやつを守らなきゃならないんです」
前置きをそう話して、その土地の謂れを話してくれた。
その畑は……というかその辺の土地は昔、痩せきっていてなにも育たないんじゃ内科なんて時代があったそうなんです。当時は化学肥料なんて代物はありませんから、肥料をなんとかする必要が出たんです。でもそもそもロクに食べられもしないのに肥料にできるものなんてそうそう無いですよね? そこであの村は肥料を無理矢理調達したらしいんです。
それはおぞましい方法だったそうですね、なにしろデリカシーも何も無い祖父がその事は決して話したがりませんでしたから。ぼくも知ったのはその土地の図書館を利用して調べてからです。何かワケありの土地があると言われたので調べてみたんです。
図書館に赴き、土地の風土について調べた。その中に薄い書物があり、そこに飢饉の時になにが起きたか書かれていたんです。
内容はシンプルに家畜を屠って肉を食べ、骨をその土地に埋めて肥料にしたという話なんですけど……飢饉の時の話ですからね、家畜の肉は何一つ余らせるわけにはいかなかったんです。その家畜には牛もいたので……その肉を全て余さず食べちゃったんです。
私はそれのなにがマズいのかよく分からなかったので彼に聞いた。
「まあ……今では忘れられつつありますが、基本的に牛の脳って食べない方がいいんですよ。ほら、あったでしょう? 牛海綿状脳症ってやつです。だから幾人かがその犠牲になってしまったそうなんです。ただ、肥料が足りないって言いましたよね? そこで人が死んじゃうってことは……ね?」
私はおぞましい発想に寒気を覚えた。生きるために必要だったとは言えるのだろうが、経験したいとは思わない。肥料の元がそんなものだと判明するとまともになにも食べられなくなりそうだ。
それで、多くの村人を犠牲にして何とか村の消滅は免れたそうです。あまり明るい話ではないでしょう? そりゃあ祖父も隠したがるでしょうね。今の時代なら化学肥料を輸入出来るのでわざわざそんな『原始的な』肥料を使う必要が無いですから。
「それで、耕してはいけないところというのは……」
「お察しの通り、各家が肥料を作っていた場所です。気分的なものか、健康に何かあるのかは知りませんが、村の恥部を隠しておきたいんでしょうね」
「今ではその土地は放置されて荒れ放題なんですがね、生えているのは雑草ですが、その区画だけなんか妙に伸びが良いんですよ。畑として使うわけでもないので構わないんですけどね。しかし村を捨てられなかったというのに今では限界集落になりつつあると言うのも皮肉な話だと思いませんか?」
彼はそう言って周囲を見渡した。あたりには一面の青々とした草木が茂っている光景が広がっている。