傷のある家
Gさんはそろそろ引退かという時に郊外に終の住処を買った。郊外と言っても生活に不便しない程度には便利な場所なので中古物件くらいしか手が出なかった。
「いい家なんですけどね、時々ちょっとね……」
彼はそう言い、苦笑いをした。それほど怖い体験ではないと聞いたが、一体何があったのだろう?
「なにが起きたんですか? 何かはあるんですよね?」
私がそう問うと、彼は苦笑いをしながら答えてくれた。
「傷がね、付くんです。柱や壁に横一直線にカリカリとひっかいたようなものがね」
そう言うGさんの顔はどこか優しげだった。傷が入っているというのに呑気な顔をしているな。
「君はそれが悪霊の仕業とでも思っているのかい? そんな怖いものではないよ、今は小学生の身長くらいの所に付いているんだ。つまり……」
「身長を測った跡ですか?」
我が意を得たりと頷くGさん、家に実害が出ているというのに呑気なものだと思う。もっとも、借家ではなく持ち家なので多少の傷は気にならないのかもしれないが。
「そういうこと。私も機会が無くてね、子供を持てなかったものでね、幽霊だろうと妖怪だろうと子供と思うと微笑ましくなるものだよ」
そんな簡単に納得出来るのだろうか? 少し暗い怖がってもよさそうなものだと思うのだが……幽霊を恐れない人は普通にいるが、怪現象を見て、その上で怖がらない人は珍しい。
「怖くはないんですか?」
「怖い? 何故だね? 幽霊といっても子供には違いないんだよ、悪意なんてものも感じないし、きっといい子なんだと思うよ」
割り切っているようだが、相手は幽霊なわけで、一応は怪談に入ってしまう。彼にも怪談を集めていると言っているので怪談として扱っても文句は言われないだろう。
「ああそうだ、一応写真を取ってきていたんだった、画質は悪いがこれだよ」
彼はフィーチャーフォンをこちらに向けてきた。ただでさえ解像度の低いディスプレイに、あまり高画質とは言えないカメラで撮られているのでよくは見えないのだが、白い壁に何か横に一線は行っているのは分かる。
「これがその傷跡ですか?」
「ああ、まだ腰にも届かないから、私が子供をもうけていたら、この子は孫みたいなものになったかもしれないね。残念ながら縁に恵まれなかったので一人なんだがな」
なんとも嫌な感じがしたのでハッキリそう言うべきか悩んだのだが、彼はこれが悪いものではないと確信しているようなので何も言うことはできない。幽霊の出る物件でも本人が満足しているなら第三者が文句を付けるのは間違っている。少なくともGさんは満足しているのだからきっとその家も良い買い物なのだろう。人の趣味に口を出す気は無い。
「貴重なお話をありがとうございます」
私はそれだけ言って別れた。傷を付けるだけの幽霊というのはいまいちパンチがないなと思ったのだが、この話には少し後の続きがある。
その日、私はいつも通りに目が覚めていた。いつも通りメールチェックをしていた時に、スマホに届いているものに気がついた。その件名はただ『アレは子供じゃない』というタイトルと、画像ファイルが一枚付いているだけだった。
その画像を開くと、携帯が自分より上の方に向けられて取られた写真だった。そこには深い傷が一般的な人間の倍くらいの高さに付いた傷がとられているだけだった。
以来、Gさんと連絡が取れていないので結局その家も彼がどうなったかも杳として知れない。