おかしなアイテム
「いやあ、変なことがあるものですよ」
上本さんは始めにそう言った。彼は最近奇妙な体験をしたというので話を聞いたのだが、それは一応最近の出来事だが、怪談と呼ぶべきかは怪しいものであったことをあらかじめ述べておく。
「なにか不思議な体験をしたということですが、一体何があったんでしょうか?」
私の問いに、上本さんは少し躊躇ってから話し始めてくれた。
「人によっちゃあくだらないことだと思われそうなんですけどね、どうにも説明のつかないことがあったんすよ。別に人が死んだり幽霊が出たりしたわけではないんすけどね」
一応はおかしな出来事だというので話を聞きに来たが、実際は大した霊現象でないことは割とある。だから私は……
「構いませんよ、不思議な体験には違いないんでしょう? だったらとりあえず聞いておこうというのが私なので」
私がそう言うと、彼は少し笑った。
「そう言ってもらえるならお話ししますかね。あなたの歳なら前知識は不要でしょうね」
「前知識?」
私は突然の奇妙な言葉に驚いてしまった。幽霊に前知識なんてものがあるのだろうか?
「ええ、あなたの歳ならゲームで遊んだ世代でしょう? 親にも話してみたことがあるんすけど、テレビゲームの知識なんてないから鼻で笑われたんですよ。だから今日も笑われるかなって思ってたんすよ」
どうやら今回の話はゲーム関連らしい。おそらく彼の言いぶりからするにレトロゲームの話だろう。私もそこまで詳しいわけではないのだが……
「しってるでしょ? あのチートレベルのジョブがたくさんあるあのゲームの五作目です」
「ああ、それですか。それなら一通りの知識があるので大丈夫です」
まったく知らないゲームの話をされたらどうしようかと思っていたが、国民的RPGの話題なら何とかついていけそうだ。その作品は究めたりやりこんだリこそしていないが、始めから終わりまで通してプレイしたゲームだ。
「話が早くて助かりますね。実は久しぶりにそのゲームをプレイしていたんですよ。もちろんオリジナルの方をね、リメイクが悪いわけではないのですが、やはりオリジナルの大味加減が好きだったりするんですよね。リメイクされる度にゲームとして面白くなっていきますから、きっとそれは悪いことではないのでしょうけど、明らかにおかしいアイテムが消えたりナーフされたりしているので裏技を見つけるには不都合なんですよ」
どうやら上本さんはやりこみ勢のようだ。最低レベルクリアなどと言う話はよく聞くが、彼もそれを狙っている一人らしい。
「その時はタイムアタックにチャレンジしたんですよ。バグ技無しでバグでなければどんな方法でもオーケーというレギュレーションでプレイしたんです。タイムアタックという性質上、できるだけ会話や戦闘後のダイアログとかは急いで送るじゃないですか?」
「そうですね、タイムアタックに挑戦したことは無いですが、話を楽しむようなプレイ方法ではないですね」
私のその言葉に満足したのか、彼はその途中で起きた違和感について話してくれた。
「プレイ中は急いでいるので、相手のドロップアイテムとかはひたすらボタン連打で送っていくんです。基本的にボスに特攻を持つようなアイテム以外はろくに確認もせず進めていったんです。それで初日にラスボス戦までたどり着いたんですよ。一応クリアする要素はまだあるんですが、時間が惜しいのでラスボスと戦える状態になったらそれらを無視してさっさとラスダンに潜ったんです」
それは分かる。真面目に戦うと面倒だし、タイムアタックをしているなら真面目に戦うと面倒なボスを相手にはしたくないだろう。戦わなくて済むなら逃げるに限る。
「で、ラスボスまでいったんですよ。倒し方は把握していたので早速鍵になるアイテムを使って弱体化させてしまおうとアイテム欄を開いたんです。そこで違和感の正体に気がつきました」
「違和感とは結局何だったんですか?」
私が本題に切り込むと、彼は気の進まない顔をして答えた。
「ラスボス戦でアイテムを使おうとしたんですがそこで何故かリメイク版で追加されたはずのアイテムが載っていたんです。オリジナル版にはそもそも実装されていないはずのアイテムなんですよ。なんで入っていたのか分からず、そのままラスボス戦はそれを使わずにクリアしたんですよ」
「結局、そのアイテムは入手可能なんですか?」
バグで入手可能なアイテムを偶然手に入れてしまったということもあり得るが、実装されていないならその確率も低いだろうが、一応訊ねた。
「無理……のはずなんですがね……ラスボス手前のセーブデータで確認するとしっかりそのアイテムが入っているんです。このタイムアタックは録画して動画サイトにアップロードする予定だったんですけど、こんなものがあったらチートを疑われるので泣く泣くボツにしたんですよ。大して怖くはないですけど、結構な労力が無駄になったのは悲しいっすね」
私は全容を書き留めてお礼を述べ、薄謝を出すと、彼はmicroSDカードを一枚私に渡してきた。
「一応証拠です。捏造でもなんでもなく録画データですよ。信じてもらうしかないんすけど、嘘だと思うなら確認してみてください」
私はそれを受け取りその場を後にした。怪談としては弱いなと思ったのだが、これを残そうと思ったのはあり得ないデータがあったからではない。手帳のポケットに入れておいたメモリーカードが帰宅して確認をしようとした時に指で掴むとパラパラと崩れて落ちたからだ。間違いなく本物のmicroSDカードのように感じられたのだが、何か不思議な力が働いたようだった。
何より問題は、その事を報告しようと上本さんに連絡を入れたのだが、彼のメールアドレスはもう使われていないとシステムからの返信が来た。以来、彼のことは分からない。本当に怖いのはそのゲームなのだろうか? 私はどうも他の何かが働いているような気がしてならない。




