事故物件でも住めるんです
「昔ね、事故物件に住んでたんですよ、あ、今は瑕疵物件って言うんでしたっけ?」
私は頷いて大門さんの話を促す。珍しいものではないあたり、いろいろ暗い世の中を感じさせるが、そもそも人が死ぬのは自然なことなのでそう考えるのが間違っているのかもしれない。
「そこで少し怖い目に遭いましてね、せめてお話だけでも聞いて欲しいなと」
彼はそう言って話を始める。彼が住んでいたのは以前の住人が自死した物件らしい。内見の時は綺麗なアパートの一室に見えたが、後からしっかりと説明を受けて、クリーニングはキチンとされていることと、家賃が破格なことが決め手になった。心理的なものはともかく、綺麗な部屋に安く住めるなら文句は別にない。
「始めの頃は何も起きなかったんですよ。だから安い物件が見つかったと思って喜んで友人を呼んだんですな。私の見た目を見てどう思います?」
突然容姿の質問をされて面食らった。正直に言うと多少ヤの付く職業の雰囲気が感じ取れるが、直球で言うわけにもいかないので『個性的ですね』と言うと、彼は笑った。
「まあそうだろうな。自分でもそういう風に見えるのは知ってる。こんなナリなんでな、集まる連中もそういう連中が多いわけだ。やっぱりそんな連中が集まると酒盛りになるんだよな。ただな、酒盛りってことで三人ほど集まったんだが、アイツらは酒盛りをしていたことを後悔していたよ。なにしろアパートに来るのに最低でも原付がないと無理だからな。酒なんて入れると泊まりが確定するだろ?」
確かにそうだが……ということは……
「その友人方に何かあったんですか?」
彼は苦笑しながら答える。
「そうなんだよ、そのアパートはベランダがあるんだがな、俺は見てないんだが、全員憎しみのこもった目をした女を見たって言うんだよ。でもさ、酒を飲んでるわけで、帰るわけにもいかないわけだ。みんなで後悔しながら過ごしてたらしい」
「大門さんはどうしていたんですか?」
そこまで騒いでいたなら何か気づきそうなものだが……
「俺はさっさと酒飲んで寝てたよ。そんな騒ぎなんて知らないし、連中のフカシかと思ったな」
どうやらこの方は胆力のある方のようだ。それだけ強ければ幽霊の方も困ったことだろう。
「朝になってそんな話を聞いたんだが、見てもないんだから気にしねーわな。ただまあ止まってた連中は酒が抜けたらさっさと水をたっぷり飲んで逃げ帰っていったよ」
そこまでされたら気になりそうなものだが、彼はまったく気にした様子は無い。
「気にしすぎなんだよな。女の霊だかなんだか知らないが、日本だぜ? 幽霊が銃を持っているわけないだろ? 俺は一人相手なら負ける気なんて微塵もねーんだよ」
「すごいですね、怖くなかったんですか?」
思わずそう訊いたが、彼は気にすることもなく答えた。
「そんなもの気にしてたら地球が死人でいっぱいになってるだろ? 一々そんなもの気にしないっての。俺は安い物件に住めるから悪いことは何もないんだがなあ……」
それから一つため息を吐いて彼は言う。
「ただ一つ困ってんのは女を呼ぶとみんなして幽霊がいるって逃げちまうことなんだよな……だから今の部屋でそういうことはできねーんだよ。それがなきゃ完璧なんだがな」
そう言い、軽く笑って彼は手を差し出した。
私は薄謝を渡して彼を見送った。一人コーヒーを飲みながら道の方を眺めていると、彼が歩いて行ったのだが、その後ろにびしょ濡れの女がいた。アレが該当の霊なのかは知らないが、彼が気にしていないようなので、わざわざ言うこともないのだろう。それきりの話だが、彼は今でも元気なのだろうか。