スマホの修理
Lさんは今、フィーチャーフォンを持っている。スマートフォンの時代になったが、まだ若い方の彼がスマホを持たないのには理由があるらしい。それを伺った。
「僕はスマホが出て初期に買ったんですよ。一時期は使ってたんですけどね……昔のものを知っていると分かると思うんですが、本当に初期はディスプレイが樹脂製のものもあったんですよ。静電容量ではなく感圧式のパネルとかだと問題無いんですがね……」
そこで一呼吸置いて身の上を話し始めた。
「僕は一応子供の頃電子工作をかじったことがあって、大学も工業系だったんですよ。だからでしょう、スマートフォンは初めて出た頃からお金があったらすぐに試してみたんです」
「怪談……なんですよね?」
私も近年の歴史的経緯を聞きたいわけではないので一応訊ねる。
「怪談……だと思います。本題なんですが、今のスマホって基本的にユーザが修理することを前提にしていないんですよ。電子器機なら珍しいことではないんですけど、初期のスマホを非常に壊れやすかったんです。ええ、分かってますよ、通信器機を改造するのは良くないんですがね……出来ちゃうんですよね。あ、今のはとても無理ですよ、素朴な時代だったからたまたま出来ただけで、新しいものはかなり難易度が高いですから」
なかなか怪談にならないのだが、本人は何かに怯えているような顔をしている。本題に早く切り込んで欲しい。
「ああ、済みません、どうも話が飛んで良くないですね。とにかく昔はスマホが簡単に分解出来たんですよ。とても簡単な故障程度なら頑張れば個人で修理出来た時代の話です。その頃……っと、具体的な機種名は書かないでくださいね、色々と面倒なことになりそうですから」
Lさんの希望により機種名は伏せるが、未だにスマホを製造しているし、多分多くの人が聞いたことのある商品だった。
「充電端子が壊れたのが発端なんです。昔のものは割とハンダが割れるようなことがあったんです。ガチガチに固定されているわけではないですし、強くケーブルを差し込んだりすると壊れるのは今じゃ考えられないですけどね。私はその頃契約で機種の保証プランに入っていなかったんです。新しいものがすぐに出てくるし、簡単な故障なら自分で直しちゃえばいいだろうくらいに思っていたんです」
「今でもトラブルがあるらしいですが一体何があったんですか?」
そしてようやく本題に入った。
「あまり大きな声じゃ言えないですが、新機種が出る度に分解してレビューしている人たちがいたんです。もちろん保証も何もなくなるんですが、バラして戻せるのかというチャレンジも見ました。だからその時も手持ちのドライバーで裏面のカバーを外してネジを取っていったんです。当時は出来たんですよね、今と違って接着剤で固定していないのでネジだけ外せば基板が見えたんです。その基板が問題でして……」
それから少し沈黙してみたものを話してくれた。
「シルク印刷っていうんですけど、基板に何をどう付けるかとかメーカー名とか、部品の説明とかが印刷されているんですよ。普通は一般的な内容の印刷がされているんですが、そのスマホにはびっしりとギリギリ動作に影響がない程度に『呪』とか『怨』とか『死』とかの文字がびっしりと印刷してあったんです。別にそれを使って実害が出たわけではないんです、ただ……使ってて気分のいいものではないですよね?」
「全部そう印刷されていたんでしょうか?」
「いえ、ネットに上がっていた分解レビューだと普通に部品名とかメーカー名くらいしか入ってなかったですね。僕のスマホも同じ基板でしたし、違うのは印刷されている文字だけでした。ただ……今ほどスマホが高額化していませんでしたから、端子のハンダが割れていただけだったのですがそのスマホは素直に破棄しました。何故僕のものだけあんなことになっていたのかは分かりません。ただ気分は良くないですよ」
そして最後に彼は私に問いかけてきた。
「オカルトの一種に念写ってあるじゃないですか? 写真とかテープとかにあり得ないものが入っているという都市伝説は割と知ってるんですが、スマホの基板にもそういう念写って出来るんでしょうか? 恨みを買うような覚えも無いんですが」
私はその答えに『分かりません、ただ新ジャンルになるかもしれませんね』としか答えられなかった。