電波な人
「幽霊かどうかは分からないんですが、何か不思議なものに命を助けられたことがあるんです」
そう語るのはEさん、彼女の趣味は登山だそうだ。その趣味の途中で不思議な人に会ったらしい。
「あの時はそんなに高い山じゃないと舐めてかかっていたんでしょう。いつも通りの装備で登ったんです」
最低限の登山をするということと、どこに登るかということを誰にも伝えずソロ登山に挑戦したそうだ。一人暮らしだったし、人を巻き込むのは悪いと思い、低めの山なら大丈夫だろうと登山の準備をしていた。
「問題はGPSを持っていなかったんですよ。スマホがあるから大丈夫だと思っていたんです。モバイルバッテリーを二個ほど持って、これなら大丈夫と高をくくっていました」
そうして休日、いざ登山を始めることとなった。せめて登山道が整備してある山ならともかく、その山は登る人がいても道が丁寧に整備されているような山ではない。
獣道に近い、登山道と呼んでいいのか分からないものを辿って登っていく。その頃は低い山だから大丈夫と、深く考えず道なりに進む。後日になって聞いたことらしいが、道のように出来ているところが間違ったルートで、獣道かと僅かに思えそうなところが登山道だったらしい。今では案内がされているそうだが、その頃にそんなものは無かった。
当然のようにEさんは間違った道を進み、所々で登ったり降りたりして、間違っていると気がついた頃には来た道を帰ることができない状態になっていた。
「ヤバいとは思ったんです。急いでスマホを取り出して現在地を見ようとしたんですが、電波が圏外だったんですよ。GPSは使えるんですが、まっさらな地図に自分の点が表示されるだけで、地図の方がダウンロード出来ないのでなんの役にもたたないんです」
途方に暮れつつ、多少の食事を取りながらなんとか助けを呼ぶ方法を考えたのだが、誰にも告げずにここにいるのだから失踪扱いされるかもしれないと恐れが湧いてくる。
太陽が傾き始めて本当に危ないなと思ったんです。そこへ『大丈夫ですか?』と声をかけてくれた人がいました。
よく考えてみると間違った道に入ってきた人に頼るのもどうかと思うんですが、その時はわらをもつかむ勢いで声をかけてくれた男性に迷っていると説明をしたんです。
男性は考えている様子を見せてから、私に『それを貸して』とスマホを指さしたんです。訳も分からずスマホを渡すと、その男性はスマホを人なでして私に返したんです。スマホを見て顔を上げると男性は煙のように消えていました。ただ、スマホを見ると電波が最高強度で届いているんです。大急ぎで救助を呼んでなんとか助けてもらえたんですよ。
そんなことがあるのだろうか? 男性とは一体何だったのか? 疑問はある。
「そのおかげでこうして体験を語れるんです。ただ、救助に来てくれた人たちもこの辺は電波が届かないはずなのにと怪訝な顔をしていました。私はあの人を山の神様ではなく電波の神様なんじゃないかと思っています。日本には八百万の神がいるのだから電波の神様がいても良いとは思いませんか?」
それがその奇妙な体験の全てだそうだ。何かが解明されたわけでもなく、全て分かっていないそうだが、助かったという事実だけで十分だという。
私はこの話を聞いて、神様も新しいものが出る度に増えて大変だなと思うのだった。