祈祷力
祐介さんは生まれつき体が弱かったらしい。今ではそんなことは想像もつかない壮健ぶりだが、小学生までは病欠することも多かったそうだ。
「信じてもらえるかどうかは分かりませんが、成人までいきられない可能性もあると医師に宣告されていたと後になって聞きました」
なんともにわかには信じがたいが、成長するに従ってだんだん体が丈夫になっていったらしい。しかし気になっていることもあるという。
「昔の話なんですが、実家には近くに荒魂を奉っている神社があるんです。両親はそろってそこで祈ったそうなんです」
私は別に変なことだとは思わなかったので素直に訊いた。
「技術でどうにもならないことを神仏に頼るのは人として普通だと思いますよ。日本人は割と切羽詰まると神様に祈るじゃないですか」
しかし彼は首を振る。
「そうなんですが、度を超えているんです。両親は結構な額を寄付したらしく、その神社の石塔の一つに内の家名が彫り込まれていたりするほどのめり込んでいたんです。いえ、でもそれが問題なのではないんです。お金のことなら稼ぐ方法はありますから、手段を選ばなければ極端な話稼げるでしょう?」
手段を選ばないというのは抵抗があるが、確かに金なら稼ぐ方法はある。寄付するためなら借金でもすれば用立てることも出来るだろう。
「ただですね、私は祖父と祖母の顔を覚えていないんです、父方も母方も両方です」
なんだか話が飛んだような気がするのだが……この流れからすると。
「私も若くは無いですから小さい頃のお年寄りが今ほど長生き出来なかったことは知っています。ただ、合計四人が私の記憶に残らないうちに死んでしまうというのも少しおかしいかなと思ったんです、まあ小学生の頃はおかしいとも思わなかったのですが……」
「しかしあなたのお歳からすると十分にあり得る話では?」
私は不穏な推測を避けるため可能性の話をした。現在なんて両親そろっていない子供も多いのだから、祖父母がいない小学生だって珍しくはないのではないか。
「それだけなら確かにそうなんですが、小学生の頃から今に至るまで、身の回りで不幸が多いんです。健康な子供から人間ドックにかかったばかりの同僚まで、何の予兆も無しに突然いなくなるんです」
「まさか……ご両親がしたことだと?」
祐介さんは悲しそうな顔をして言う。
「多分もう関係のないことなのだと思います。両親は最近神社に祈りに行っているのですが、一度話を聞くと『あんまりやり過ぎないで欲しいんだけどねえ……』と苦虫をかみつぶしたような顔で言っていたので、少なくとも今では生贄じみたことをしているわけではないのでしょう。ただ、始まりはそうだったのかもしれません」
では一体何故未だに続いているというのか?
「祈った神社がマズかったんでしょうね、結構悲惨な歴史のある神を祀っていますから、多分初めに祈りが聞き届けられたのでしょうが、止める方法は知らなかったんでしょうね」
「あなたは結局無事なんでしょう? 気のせいと割り切ってしまえば……」
私の言葉に悲しそうな表情になる祐介さん。
「私はね、この年になるまで祖父母が死んで以来病気一つしていないのですよ。今ではただただまわりを巻き込む災害みたいなものなんです。何故かそこまで考えていても自死しようなんて考えは浮かばないんですよ、これも呪いなんでしょうかね? 私は一体何時になったら寿命を迎えるのでしょうか、今では早く天寿を全うすることだけを祈っているのです」
言葉がなかなか出なかったが、なんとか『頑張って生きていきましょう』と言ったのだが、彼は最後に私に告げた。
「怪談としてあなたに私の情報を伝えましたよね? 実はあれは嘘なんですよ、実際は干支がもう一周する年齢なんです。普通は体にガタが来る年齢なんですがね、残念ですが健康そのものなんですよ。天寿というものがあることを祈っているんです」
彼の言うことが本当なら、そろそろ年金をもらうことになる年齢のはずだが、とてもそんな年齢には見えないし、何一つ病気を持っているようには見えない。私は彼の健康を祈ると共に、安易に法外な支払いが必要な祈りなどするものではないなと思った。