車の墓地
江原さんは田舎と言っていいところに住んでいる。そんな所には都市部にないようなものが普通にあったりする。例えばコイン精米機とか。
しかしそんなものは問題ではなく、彼が体験したのは自動車の幽霊を見たことらしい。都市部では公共交通機関で自家用車が一家に一台とはいかないらしいが、地方では一家に一台どころか一人に一台が普通だったりする。そんなわけで地方には自動車がなくてはまともに生きていけないほどだ。
彼は最近、近所のスーパーが潰れ、そこを更地にして廃車置き場にされているのを知っている。不気味だなとは思うものの、ただの車だ。おそらく動かないのであろうものから、そもそも骨組みくらいしか残っていないようにバラされた自動車まで様々なものが置かれていたが、その全てがもう動かないものであるという点では共通だった。
その日、彼は残業を終え帰宅していたのだが、残念ながら自動車は車検に出している。幸い用事もないし、職場と家の往復なら少し頑張れば徒歩でも行ける。別に来るまでなければ変えないようなものを買う予定も無い彼は徒歩で数日間通勤をすることにした。
その通勤途中に廃車置き場があるので、帰り道に脇を通らなければならない。なんとなくは不気味なのだが、代車を借りるのも煩わしかったので徒歩でその隣を通ることになった。
別に何も無いはずだった、ただ横を通りがかった時にガチャッという音が響いた。それは車のドアが開く音で、廃車置き場にある真っ赤で新しそうな自動車のドアが開いていた。リモコンで開閉出来る車が主流な時代なので近くを見回したが、リモコンを操作しているような人はまったく見えない。
とはいえ、そこに置いてあるのは廃車だ。ワケありのものなのだろうからドアがきちんと閉まらないものが置かれていても不思議はない。そう自分に言い聞かせてその脇を通り過ぎようとするとぶおおおおんとエンジンの音が鳴った。流石にそちらを二度見すると赤い車がその車体を震わせていた。ライトがついていないのでバッテリーが切れているのかと思ったが、よく考えるとバッテリーがなければエンジンがかからない。
車をじっと見ても誰も乗っていないのは明らかだ。適当な理由を付けて逃げたかった。廃車にエンジンがかかっただけだ、廃車というのはただ単に所有権を放棄されただけで動かないというわけではない。ただ単に金を持っている人が車を乗り換えるのに廃車にしただけだろう。そう自分に言い聞かせて足早にその場を通り過ぎた。
ようやくそこから離れられると一安心した時、隣をライトもつけていない赤い車が勢いよく走り去っていった。あの車が何をしたかったのかは分からない。ただ、その自動車を誰も運転していなかったことだけは確かです。
そう言って江原さんは話を終えた。『特に恨みや妬み、人の憎しみなんてものは出てきませんが、こんな話で構いませんか?」私は大いに頷きお礼を言った。