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携帯電話の時代

 これは千世さんが中学生だった頃の話になる。かなり前の話なのだが、彼女は今でもハッキリと覚えているそうだ。


「私も忘れっぽいんですけどね、これも忘れられたらどんなに楽だったでしょうね……」


 中学生だった頃、千世さんは携帯電話が欲しかった。ただ、母親を筆頭にして『まだ早い』と言うのが一家の趨勢(すうせい)の意見だった。


 しかし周囲の子は結構な人数が中学に上がるときに買ってもらっていて、持っていないからと友達に自宅の電話番号を教えてもほぼかかってこなかった。


『当然だよね、一発で相手が出るかどうかも分かんないんじゃそりゃかけたくないよ』


 そんなわけで教室内で手紙が回ってくるのは小学生で終わり、中学に上がったらみんなメールでやりとりをしていた。


 親に対してごねたこともある。泣いたり喚いたりしたが、残念ながら買ってもらうことは出来なかった。毎月の料金が高いからというのが理由らしい、当時に今のような時間無制限通話無料は無かった。


 お年玉を貯めて買おうにも、月額料金を考えたらとても払える額ではない。困ったなあと思いながら日々を過ごしていた。


 それから少しして、ゴールデンウィークの出来事だ。その夢の中では幼稚園の思い出が流れていた。場所はおばあちゃんの家だった。おばあちゃんは孫である自分に対して随分と甘かった。欲しいものは結構買ってもらえたし、時には夏休みの宿題を手伝ってもらったこともある。


 そんなおばあちゃんが夢の中で優しく微笑んでいる。すぐに飛びついてワンワンと泣いた。もう鬼籍に入って結構な期間が経つので、夢なのには違いがないのだけれど、実体を持っているように暖かでしっかりと受け止めてくれた。


 それから泣いている理由を聞かれ、正直に答えた。何も言葉は返ってこなかったが、慰めてくれていることだけは理解出来た。そうだ、いつもこうして泣いていたら話を聞いてくれたんだった。


 そう思うと、もうその本人がいなくなってしまったことを実感して余計に泣けてくる。


 いくら泣いただろう、記憶に無いが、いつの間にか部屋に朝日が差し込んできて目が覚めた。


 ほんの少しだけスッキリして目は覚める。何も解決はしていないが、なかなか安心することは出来た。


 目が覚めたので朝食を食べて学校に向かった。いつも通り疎外感を覚えつつ、いつもの生活を送っていた。そんな時、校内放送で職員室に呼び出された。初めての体験だったので、自分が何か呼ばれるほどのことをしただろうかと思いつつ、どう考えても心当たりがないのに呼ばれているのにビビりながらもそこへ向かった。


 職員室に入るなり伝えられたのは、『両親から親族の訃報が入ったから帰るように』と伝えられたということだった。親戚にもう危ない人なんて居なかったはずだけどとは思いつつも、やや早足で家路を急いだ。


 家に着くと両親が通夜の準備をしている。確かに誰か亡くなったらしいとは思ったが、生憎心当たりがない。そこで帰ってきたのを見た両親が説明してくれた。


 なんでも遠縁の親族が亡くなったのだが、親族とは没交渉に近かったのでウチに諸々の役割が回ってきたそうだ。その親族はなかなか難のある人で、関わらせたくないからと時々気づかれないように面倒を見に行く程度の関係だったそうだ。


 そうして嵐のような法要が終わった。その人は結構な田舎に住んでおり、一財産築いて面倒な人間関係を切り捨てた生活をしていたらしい。


 自分にほとんど出来ることはなかったが、ただ、子供でも動員する程度には参列者が少ない葬儀だったのは覚えているそうだ。


 そうして葬儀が終わり、その後の諸々の手続きは両親が進めていった。


 お金の話はされなかったが、両親が大体一任されたそうだ。それから少しして、休みの日に携帯ショップに行くよと言われ、喜んで行ったら思いのほかあっさりと望んでいたものが手に入った。それも携帯電話ならなんでも良いと思っていたのが、当時の一番人気の機種を買ってもらえた。


 当時は運が良いのだろうと思っていた。それから友人たちとメールや電話をして、時には長電話もしたが、それを咎められることは全く無かった。その時はとても嬉しかったのだが、今になって思うことがある。


「あの……当時は考えなかったんですけどね、携帯の料金って結構かかったはずなんですよ、遠慮せずに使いましたからね。それでも何も言われなかったのってまとまったお金があったからで……そのお金の出元は……やっぱりあの亡くなった人なのだと思います」


 それから一呼吸置いて彼女は絞り出すように言う。


「思うんですけどね、確かにおばあちゃんに携帯が欲しいとはごねましたよ。でももうあの時点で祖母は亡くなっていたわけじゃないですか。だから私は何も悪くないと思うんですよ。こうしてあなたに話していますが、何か合理的な説明はつきませんかね? そうでないと……私はともかく、おばあちゃんが……そういうことをしたことになるじゃないですか」


 私は気休め程度に、本当に何の根拠も無いのだが、証明することも出来ないので『偶然でしょう、人が亡くなるときあんて大抵突然ですから』と答えておいた。これが正しい答えなのかは分からないが、彼女はふぅと一息ついて、手元のコーヒーを飲んで席を立った。


 きっと偶然なのだろう、そういうことにしておいた方が良い話もあると思った一件だった。

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