年忘れ
「忘年会って有るじゃないですか」
Hさんの話はそんな言葉から始まった。当たり前のことなので私は素直に頷く。
「そうですね、一時は密を避けるとかで減っていましたけど、そろそろ増えてきていますね」
「ええ、もっとも、この話は平成の中期の話なので、そういった問題とは無縁だった頃の話なんです」
彼の話は年末から始まる。
年末に忘年会を開こうという話が上がったんですよ。会社の飲み会って嫌う人も多いですが、忘年会は強制参加ではなく、費用は全て会社持ちだったのでそれなりの人数が参加したんですよ。
それなりの人数で居酒屋の飲み放題コースで忘年会を開くことは簡単に決まった。彼も上司のご機嫌とりはともかく、会社の経費で飲み食い出来るというわけで、割と乗り気な方だったらしい。
それで忘年会の話はX年のことなんですよ。そこでみんな好き放題飲んで食べてしたのでなかなか店には迷惑だったかもしれませんね。私はそこでひたすら焼酎を飲んでいたんです。ロクに肴も食べなかったせいかあっという間に酔いが回りまして、前後不覚になったんです。
しばし時間が来るまで少し横になっていたんです。しばらくしたら忘年会もお開きということで解散になって、支給されたタクシーチケットで帰宅したんです。今にして思うと結構な福利厚生でしたね。
家に帰るとベッドに倒れ込んで寝てしまったんです、お風呂に入る気さえ起きず、忘年会が金曜だったので土曜の朝にシャワーでも浴びれば良いだろうくらいに思ってたんです。
問題はその後なんです、目が覚めたのが日曜日なんですよ。スマホの画面を見て日曜になってたので、一日丸々寝たのかと自分でも少し驚いて起きたんです。そこでふと違和感を覚えたんです。スマホは日曜日と表示されていたんですけど、曜日はともかく日付がおかしいんですよね。数日先の日付を示していたんです。
テレビを付けると今までやっていた番組がいくつか変わっていて、そんなに急に変わる事なんてあるのかと思ったんですけどよく見たんです。そうしたら……年がY年になっていたんです。年末なのに間違いはないのですが、年が一年進んでいるんですよ。困惑しましたがとりあえず買い物に行きました。そうすると機能まであった店がなくなったり新規出店していたりするんです。いよいよただ事ではないと思いまして、いろいろなところのカレンダーを見たんですがどこもY年となっていて一年進んでいるんです。
それでも翌日は出社したんですが、一年の記憶が無いのに同僚からはしっかりと一年勤務した扱いをされたんです。私の記憶にない営業の記録などが残っていました。
だから私は……忘年会で本当に一年間記憶を無くしちゃったようなんです。ただ、その間も自分は普通に暮らしていたことになっていたのが不気味なんですよ。こういうのって記憶喪失なんでしょうか?
私は専門家ではないので、その問いになんとも答えることが出来なかった。