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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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半分の餅

 今ではもう祖父母とも鬼籍に入り、正月に集まる習慣も無くなったそうだが、Sさんには未だに疑問に思っていることがあるらしい。幽霊というわけでは無いですが……と言っていたが、説明の付かないことだそうなので話を聞いた。


「大した話ではないんですが……祖父がね、餅が大好きな人だったんですよ。あれは小学生の頃の話です」


 彼がまだ小学生だった頃、祖父は当時で言う痴呆症、今では認知症として知られているが、当時はボケなどとも平気で言われていた時代だ。そんな病に伏せってしまっていた。認知症が先だったのか、足腰が弱ったのが先だったのかは分からないが、彼の祖父は寝たきりになり、時々近くにいる人を呼びつけては何やら話をしていた。


 そういう状態だったので脈絡のない話も多く、聞く方も真面目に聞かず聞き流して頷く程度だったそうだ。彼は祖父との思い出であまり記憶に残る会話をした記憶は無いのだが、一つ記憶に強く残っている出来事があるらしい。


「あれは祖父が亡くなる前の正月のことです。まだあの頃は案外元気だったんですよ、頭の方は……まあ随分と覚えが悪くなっていましたが」


 お正月に祖父母の元へ息子と娘とその子供が集まる、それが恒例行事になっていた。だから元日から賑やかだったし、祖父母もそれを喜んでいた。


 そんな中、元日なのでお雑煮が振る舞われた。餅をやわらかくなるまで炊いて、それを出汁に入れ、幾らかの具を入れて完成したそれを、Sさんはお盆に載ったものを受け取り、『みんなに出しておいて』と言われた。


 言われたとおり皆の分を出して、一人一人の前に置いていった。そして全員分がそろったあとで車で来ている人以外はビールを飲んで宴会のようなものが始まった。祖父はベッドからこちらを見ていたのだが、そこでSさんは母親に言われた。


「あんた、おじいちゃんにも雑煮を出したの? 餅なんて危ないんだから出さないでって言わなかったっけ?」


 そんなことを言われた覚えも無いし、なにより渡された雑煮が全員に配って余りも足りなくも無いぴったりの数を渡されたので当たり前のように祖父のところにも出していた。


 喉に詰まらせたら危ないでしょ、持ってきなさい。と言われ、祖父のところへ行くと、いつになく穏やかな表情で『ありがとな』と言われた。当時祖父の記憶力は荒れていたので何故そんな表情で穏やかな言葉が出たのかは分からない。ただSさんは頷いて雑煮をお盆に乗せて持ち帰ろうとした。そこで気がついたのだが、餅が半分になっていた。半分くらいのところで噛みきった跡がある。その時は食べたかったんだなと思いそれを持ってキッチンに置いて宴会の補佐をして正月を終えた。


 一応それで話は終わるのだが……


「割と最近になって思いだしたんですがね……その頃の祖父ってもう入れ歯さえ使っていなかったんですよ。ドリンクタイプの栄養剤と往診で点滴してもらって栄養を摂っていたんですが……じゃあ亞埜噛み跡は誰のものなんでしょうか? もしかして歯にも幽霊というものが出るんですかね?」


 私も流石に歯の幽霊などというものは知らないのでなんとも言うことはできない、彼の言葉を書き残しておくのみだった。

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